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最上 満家(もがみ みついえ)は室町時代中期の出羽国の武将・大名で山形城主。最上氏第4代当主。

 
最上満家
時代 室町時代前期 - 中期
生誕 不詳
死没 嘉吉3年3月23日1443年4月23日)?
戒名 禅会寺殿虎山威公大居士
墓所 山形県東根市長瀞の禅会寺
官位 修理大夫
幕府 室町幕府
氏族 最上氏
父母 父:最上満直
兄弟 満家中野満基大窪満直楯岡満国
正室:寒河江氏の娘
頼宗義春義秋

生涯編集

応永23年(1416年)、満直の死去に伴い跡を継ぎ最上氏第4代当主となったとされているが、満直の没年には諸説有り、はっきりとしたことはわかっていない。治績についてもあまり明らかにされていない。嘉吉3年(1443年)に死去したとされるが、『寛政重修諸家譜』などは応永32年(1425年)死去とあり定かではない。

菩提寺は応永22年(1415年)に自ら創建した禅会寺。

参考文献編集

  • 『山形市史』