月刊星ナビ等における画像盗用事件
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月刊星ナビ等における画像盗用事件は2009年に発覚した、日本の月刊天文雑誌「星ナビ」において採用された読者写真が盗作画像だったことで発覚した、複数の偽名を名乗った同一の投稿者による大規模な天体写真盗用事件である。盗作画像が実際に掲載された例は星ナビ以外のメディアにも多くあったため、天文関係のメディアだけでなく新聞報道もされる騒動となった。
背景と事件の発覚 編集
アマチュア天文家が天文現象を撮影した写真は、撮影者がメディアに送ることで報道などで使われることが多く、特に天文雑誌においては読者の写真として数多く掲載されることが常となっている。 2009年7月22日の日食は、日本から観測できる皆既日食・部分日食として注目を集めたが、陸上から皆既日食が観測できるとされていたトカラ列島等の地域は悪天候となった地点も多かった。
そのような中、沖縄県在住と自称するアマチュア天文家「M」が天文雑誌の「星ナビ」を出版するアストロアーツ社に送った、その日の皆既日食の写真とされる写真が、2009年9月5日に発売された星ナビ2009年10月号の表紙写真に採用された。この天文家は1990年代後半から各種天文雑誌に長期にわたり中学生~高校生を自称し「M」とは別の名「S」で投稿しており[1]、2008年以降は「両親の離婚によって姓が変わった」として「M」の名で写真を発表していた[2]。この写真は投稿時の本人の説明により目次で『2009年7月22日に、中国の杭州および鹿児島県喜界島で(3人の協力者と手分けして)撮影した多数の画像を素材として作成した』と紹介された。しかし隠された太陽の背後の恒星の位置は視差の効果により地球上で少しずつ異なるが、この2つの地域で撮影された画像としては恒星の位置がおかしいという指摘がアストロアーツ社に多く寄せられた。そしてこの画像のコロナの描写がマーシャル諸島からチェコブルノ工業大学機械工学部数学研究所の太陽研究者ドルクミューラー博士(Miloslav Druckmüller)が撮影しインターネット上に公開している画像[3]と酷似しているという指摘も寄せられた。
星ナビ編集部がこの時点でMに確認したところ、『撮影地は中国の杭州と喜界島ではなく、喜界島とマーシャル諸島だった、コロナ部分はドルクミューラーの画像を参照しながら作成した」という返答が得られ、9月18日にこの問題の第一報を自社ウェブサイト上で公表した[4]。
その後、星ナビの2008年6月号表紙とアストロアーツ社が発売した専門ムック「皆既日食2009」[5]に採用された、Mが撮影したと称し投稿した2006年3月29日の日食の画像もドルクミューラーが公開している画像[6]の盗用である可能性も指摘され合わせて編集部が本人に問いただした結果、9月28日にM本人が2枚の画像について、ドルクミューラーの画像を無断で複製加工し撮影データなどを偽って投稿したことを認める謝罪文を編集部に送り、編集部は自社ウェブサイト上で直ちにこれを公開した[7]。また10月5日に発売された、2009年11月号誌上でもこれら経緯の詳細を掲載した[8]。そしてそれぞれの販売ホームページ上でも訂正がなされた[9][10][11]。
朝日新聞が9月29日に事件について記事を出し、Mが10年以上前から天文雑誌への投稿を続けている常連投稿者であること、朝日新聞の取材に対し「悪石島に行ったが天候不順で撮れず、研究者(ドルクミューラー)の写真が良かったので使った」と話した旨などを報じた[12]。
盗用例の大量発覚 編集
2006年・2009年の日食盗作画像はMが数多くのメディア・広報誌に投稿し採用されたため、掲載したメディアは次々と公式発表を行った。
- 薩摩川内市せんだい宇宙館がウェブ上で掲載を行っていた「日食画像集」中にあったMの画像(2006年など)について、9月30日にMからの申し出があったとして削除された[13]。
- 近畿日本ツーリストは皆既日食ツアーのパンフレットにMの盗作画像(2006年)を採用したため、10月2日に自社ホームページで謝罪を行った[14]。
- カメラ雑誌「CAPA」2009年9月号に掲載されたMの盗作画像(2009年)について[15]、CAPAは10月26日にホームページ上で「M本人が撮影した画像ではなかった」と説明した[16]。
- 奄美大島の情報誌「ホライゾン」28号・29号に掲載されたMによる画像(2006年)が盗作だったとして編集部がウェブ上で2010年2月17日に謝罪し、掲載時はMが自分のことを「中学生のときにロトナンバーズで高額当選したためロトの仕組みを解明し、21歳であった去年(2008年)まで世界中の皆既日食を撮影しメディアに発表している」と詐称しており実際は40代であることなども公表した[17]。
- 他に、奄美市のホームページでも使用されている[18]。
Mはこれらの皆既日食の画像が各所に採用され、「世界各国の風景や観光写真を雑誌に投稿するプロの写真家」として喜界町の地区講座に偽名のまま講師として登壇していた[19]。
さらに10月9日に星ナビ編集部が調査状況の続報を発表し、Mによる盗作画像が少なくともアストロアーツ社による出版物・コンテンツ中に12件あることが強く疑われていることを公表した。さらに、編集部がMに対しこれまで行った盗作の事実を全て報告するなどの条件を課したところ、盗用を正面から認めず報告を1件も行っていないことから法的措置の検討を行っていることも公表された[20]。
その後10月18日に星ナビ編集部はさらに続報を発表し、それまで発覚していた12件にとどまらずMが2007年以降に発表した、2006年11月9日の水星の太陽面通過以降のほぼすべての画像で不正を行っていたと明かした。その中で特に2007年初頭に南半球を中心に世紀の大彗星として注目されたマックノート彗星 (C/2006 P1)の写真については、撮影地と称していたオーストラリアを来訪すらしていなかったことも分かった。これらの画像は同彗星の発見者・サイディング・スプリング天文台のロバート・マックノートや同じくコメットハンターとして知られるテリー・ラヴジョイが撮影したものなどを盗用していた[21]。
11月5日に発売された星ナビ2009年12月号にも同様の説明がなされた。誌上では、Mが要求された過去の画像データの提出に対し「ウイルスメールによって元データを失った」と釈明し拒否していることも明かされた[22]。さらに同日発売された誠文堂新光社発行の月刊天文雑誌「天文ガイド」2009年12月号でも、天文ガイドや同社発行の書籍「天文年鑑」にMによる盗作画像が多数掲載されていたことへの謝罪文が掲載された[23]。
翌年2010年1月5日に発売された星ナビ2010年2月号では検証記事が出され、盗作が確実視されている画像がアストロアーツ社のコンテンツだけでも19点(22件)あり、他メディアでの盗作も含めると総数は50件以上にのぼるとの調査結果が公表された。そして掲載当時から編集部がMについて「おかしな点がまったく無かったかと問われれば、どこか引っ掛かるものはあったというのが正直なところ」と感じていたこと、以前は「検討」状態だった法的措置について「準備」に入っていることが公表された[24]。
2月17日には南海日日新聞が、奄美の自治体や情報誌・自社の別刷り日食特集などに提供した画像についてMによる盗用があったことについて報じ、Mによる釈明などを掲載した[25]。翌日2月18日には日本写真家協会の当時の会長・田沼武能が協会ホームページで「デジタル化と作者のモラル」という題の声明を発し、Mが同協会のフォトコンの「ヤングの部」(22歳以下)に年齢を詐称し天体関係の組写真を応募してきたが、年齢が確認できず賞を取り消していたことも明かした[26]。
法的措置と結末 編集
2010年9月5日発売の星ナビ2010年10月号にこの事件の総括記事が掲載された。記事では星ナビ編集部のあるアストロアーツ社が東京地方裁判所にMを相手取り訴訟を起こしたが、Mは訴状を受け取らず那覇市に転出届を出したまま居所不明になり、公示送達を経ても同年6月18日の公判も欠席したこと、そのまま東京地裁は7月9日にMに対しアストロアーツに対し178万9372円を支払うよう判決を言い渡したことが公表された[27]。
誌面の内容は同年10月20日にウェブ上でも公開され、「S」・「M」はともに偽名であること、実年齢は訴訟時に42歳であったことなど長年にわたり盗作だけでなく氏名・年齢を詐称し続けていたことも公表された[2]。そして盗作画像の掲載先には東亜天文学会の発行する「天界」や天体望遠鏡メーカービクセンの情報誌「So-Ten-Ken」も含まれるとされた。
星ナビ編集部が最終的に公表している、確認されたアストロアーツ社の関連コンテンツに掲載したMによる盗用画像の一覧は以下の通り[2]。
刊行物 | ページ | 画像 |
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星ナビ2007年1月号 | 41ページ | 2006年11月9日の水星の太陽面通過 |
星ナビ2007年3月号 | 1ページ | C/2006 P1マックノート彗星 |
星ナビ2007年3月号 | 12ページ | C/2006 P1マックノート彗星 |
星ナビ2007年3月号 | 20ページ | C/2006 P1マックノート彗星 |
星ナビ2007年12月号 | 14ページ | C/2006 P1マックノート彗星(2点) |
星ナビ2007年12月号 | 付録カレンダー | 2007年8月28日の皆既月食 |
星ナビ2007年12月号 | 付録カレンダー | C/2006 P1マックノート彗星 |
星ナビ2007年12月号 | 付録カレンダー | 2006年11月9日の水星の太陽面通過 |
星ナビ2008年1月号 | 18ページ | 17P/ホームズ彗星 |
星ナビ2008年1月号 | 24ページ | 17P/ホームズ彗星 |
星ナビ2008年6月号 | 表紙 | 2006年3月29日の皆既日食 |
星ナビ2008年10月号 | 18ページ | 2008年8月1日の皆既日食 |
星ナビ2008年12月号 | 付録カレンダー | 17P/ホームズ彗星 |
星ナビ2008年12月号 | 付録カレンダー | 2008年8月17日の部分月食 |
星ナビ2008年12月号 | 付録カレンダー | 2008年8月1日の皆既日食 |
星ナビ2009年10月号 | 表紙 | 2009年7月22日の皆既日食 |
星空年鑑2008 | 117ページ | 2007年8月28日の皆既月食 |
皆既日食2009 | 2-3ページ | 2006年3月29日の皆既日食 |
皆既日食2009 | 5ページ | 2008年8月1日の皆既日食 |
ステラナビゲータ8 公式ガイドブック活用編 | 1ページ | 2006年11月9日の水星の太陽面通過 |
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評論 編集
- 月刊天文ガイドの元編集長で現在は赤道儀等の開発・販売会社を経営する高槻幸弘は盗作について「悲しいニュース」としたうえで、経歴詐称については「天体写真は科学写真の一種と思うので、撮影者のデータも本当のことを記すべき」との持論を展開した[28]。
- スターライト・コーポレーション代表取締役で前述「So-Ten-Ken」の天文情報の製作を行っていた大沼崇は、Mの言動について「盗作と合成写真に関してごちゃ混ぜにしている、攪乱作戦でしょうか」と評し、「今回の盗作に関して本当に反省することはあるのでしょうか。これは無いでしょう。無理だと思います。」と非難している[29]。
- 映画監督で天体写真家でもある上坂浩光はこの件について「なぜ逮捕されないんだろう」と評し、「デジタル画像処理をしている奴らって信用ならないだろって風潮になるのが恐い」との懸念も示した[30]。
脚注 編集
- ^ 天文ガイド編集部『天文ガイド1999年7月号』誠文堂新光社、1999年、173頁。
- ^ a b c d “M(S)による画像盗用事件の顛末”. 2021年10月19日閲覧。
- ^ “Total Solar Eclipse 22. 07. 2009 - Enewetak, Marshall Islands”. 2021年10月18日閲覧。
- ^ “天文雑誌「星ナビ」2009年10月号の表紙画像について” (2009年9月18日). 2021年10月18日閲覧。
- ^ “皆既日食2009”. 2021年10月18日閲覧。
- ^ “tal Solar Eclipse 29. 03. 2006 - Turkey, Cappadocia”. 2021年10月18日閲覧。
- ^ “天文雑誌「星ナビ」2008年6月号の表紙画像、および2009年10月号の表紙画像について” (2009年9月28日). 2021年10月18日閲覧。
- ^ “月刊星ナビ 2008年6月号 お詫びと訂正”. 2021年10月19日閲覧。
- ^ “月刊星ナビ 2009年10月号 お詫びと訂正”. 2021年10月19日閲覧。
- ^ “お詫びと訂正”. 2021年10月19日閲覧。
- ^ “皆既日食写真を盗用 沖縄の男性投稿、天文雑誌の表紙に”. 朝日新聞. (2009年9月29日). オリジナルの2009年9月29日時点におけるアーカイブ。 2021年10月19日閲覧。
- ^ 日食 画像・映像集 - ウェイバックマシン(2013年3月12日アーカイブ分)
- ^ 皆既日食ツアーのパンフレット等で使用した画像について - ウェイバックマシン(2009年10月28日アーカイブ分)
- ^ CAPA 9月号 - ウェイバックマシン(2009年12月4日アーカイブ分)
- ^ 『CAPA』9月号掲載の皆既日食の写真について - ウェイバックマシン(2009年12月4日アーカイブ分)
- ^ “皆既日食写真の盗用について”. 2021年10月20日閲覧。
- ^ 2009年7月22日、皆既日食を奄美大島で体験しませんか? - ウェイバックマシン(2009年7月5日アーカイブ分)
- ^ 「広報きかい」2007年9月号 (No.483) - ウェイバックマシン(2007年10月17日アーカイブ分)
- ^ “一連の天体画像不正疑惑の調査状況について”. 2021年10月19日閲覧。
- ^ “一連の天体画像不正疑惑の調査状況についての続報”. 2021年10月19日閲覧。
- ^ 天文ガイド編集部『天文ガイド2009年12月号』誠文堂新光社、2009年、25頁。
- ^ “皆既日食写真を盗用、沖縄の写真家が謝罪”. 南海日日新聞. (2010年2月17日). オリジナルの2010年3月28日時点におけるアーカイブ。 2021年10月19日閲覧。
- ^ JPS会長のひとこと「デジタル化と作者のモラル」 - ウェイバックマシン(2011年11月13日アーカイブ分)
- ^ “アポクロマートという用語”. 2021年10月20日閲覧。
- ^ “M氏の盗作天体写真と合成写真の問題”. 2021年10月20日閲覧。
- ^ “天体画像偽造事件”. 2021年10月20日閲覧。