服部 富子(はっとり とみこ、1917年〈大正6年〉4月6日 - 1981年〈昭和56年〉5月17日)は、昭和期の歌手作曲家服部良一の妹[1]服部克久は甥、服部隆之は姪孫。宝塚歌劇団21期生で、宝塚歌劇団在団中の芸名は水間 扶美子(みずま ふみこ)。

映画『鴛鴦歌合戦』(1939年)における服部富子(左)。右はテイチクの同僚ディック・ミネ

来歴・人物編集

大阪市出身。宝塚歌劇団に所属していたが、歌手に転向。1938年(昭和13年)テイチクレコードからデビュー。

同年、「満州娘」が大ヒットする。この曲は、満州で生活をしていた作詞家・石松秋二が作詞した。他のヒット曲には、「晩香花の咲く頃」「北京娘」「父さん星」「興亜行進曲」「小鳥娘」「僕は特急の機関士で」などのヒット曲がある。女優としても活躍し、日活映画「鴛鴦歌合戦」、東宝映画「支那の夜」「孫悟空」などにも出演した。

戦後は、スナックを経営する。晩年は茨城県古河市で暮らした。昭和40年代には、テレビ東京系の歌謡番組「なつかしの歌声」にも出演し、往年の歌声を披露した。

1981年(昭和56年)5月17日、肝硬変で死去した。享年64。葬式の際の喪主は兄である服部良一が務めた。築地本願寺和田堀廟所に兄と共に眠っている。

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 対戦相手
1953年(昭和28年)/第4回 アリラン・ルムバ 真木不二夫

脚注編集

  1. ^ 橋本雅夫 『素晴らしい宝塚歌劇―夢とロマンの85年―』阪急電鉄コミュニケーション事業部、1999年9月10日、175頁。ISBN 4-89485-013-3 

外部リンク編集