朝集使(ちょうしゅうし)とは、律令制日本において、大宰府諸国より考課に必要な資料などの行政文書の提出や行政報告のために毎年中央に派遣された使者。四度使の1つ。

概要編集

四度使の中でも最も重要視され、使者には必ず四等官大宰帥除く)のうち1名が交替で任じられ、他の使のように史生以下の雑任が任じられることは無かった。更に雑任2名が随員として付けられた。

在京中の朝集使に関して、公文の提出は弁官が、考課関連は式部省兵部省が、朝集使自身の在京中の上日については散位寮が担当した。

考課に必要な資料が提出期限であった11月1日畿内10月1日)に合わせるべく上京し、審査が完了した後に直ちに任地に戻ることとなっていた。だが、次第に審査が形骸化し、もっぱら行政報告や考課以外の公文一般の提出、貢納物の献上が主目的となり、更に朔旦冬至や正月の朝賀出席が求められるようになった。こうした変質は8世紀後半には朝集使が任務を終えても任地に戻らない事態や、9世紀後半には朝集使が期限までに上京しないあるいは朝集使そのものが上京しないといった事態を引き起こした。地方政治の衰退や国司制度の変質に伴い、12世紀には制度そのものが行われなくなった。

参考文献編集

  • 今泉隆雄「朝集使」(『国史大辞典 9』(吉川弘文館、1988年) ISBN 978-4-642-00509-8
  • 早川庄八「朝集使」(『日本史大事典 4』(平凡社、1993年) ISBN 978-4-582-13104-8
  • 高田淳「朝集使」(『平安時代史事典』(角川書店、1994年) ISBN 978-4-04-031700-7
  • 吉川真司「朝集使」(『日本歴史大事典 2』(小学館、2000年) ISBN 978-4-09-523002-3
  • 荊木美行「朝集使」(『日本古代史大辞典』(大和書房、2006年) ISBN 978-4-479-84065-7

関連項目編集