本来の表記は「木下㒶定」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

木下 㒶福(きのした きんとみ)は、江戸時代中期の備中国足守藩の世嗣。

 
木下㒶福
時代 江戸時代中期
生誕 天和元年(1681年
死没 享保12年6月5日1727年7月23日
日出藩備中足守藩世嗣
氏族 木下氏
父母 木下俊長朽木稙綱
兄弟 俊量㒶福俊保木下㒶定正室、
伊東長救正室、稲垣重富正室ら
木下㒶定養女、片桐貞音正室
テンプレートを表示

略歴編集

日出藩主・木下俊長の三男として誕生。母は朽木稙綱の娘。子は木下㒶定養女(木下利潔正室)、片桐貞音正室。

5代藩主・木下㒶定(正室は俊長の娘)の養子となっていた利安に代わり、足守藩嫡子となる。しかし、家督を継ぐことなく享保12年(1727年)に47歳で死去した。代わって、4代藩主・木下利貞の孫にあたる利潔が㒶福の娘を娶り、嫡子となった。