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木下 延重(きのした のぶしげ)は、安土桃山時代武将大名豊臣家の家臣。通称は与右衛門で、織田氏の出身ではあるが、木下与右衛門と称された。官位従五位下周防守

 
木下延重
時代 安土桃山時代
生誕 不明
死没 不明
別名 通称:与右衛門(與右衛門尉)
官位 従五位下周防守
主君 豊臣秀吉秀頼
氏族 木下氏織田氏
父母 父:木下周防守

略歴編集

木下周防守の子として誕生。

豊臣秀吉に仕え、小牧・長久手の戦いに鉄砲組頭として従軍。小田原征伐でも銃士200名を率いた。文禄・慶長の役では秀吉本陣の御弓鉄砲衆として250名を率いて肥前国名護屋城に滞在した。

文禄2年(1593年)12月から翌年にかけて、豊臣秀次検地奉行として尾張国海東郡を担当。

文禄4年(1595年)正月の秀吉の草津湯治に同行して警護に当たった。慶長3年(1598年)の醍醐の花見では西の丸殿(淀殿のこと)に随従。秀吉の死後、遺物金五枚を受領した。慶長4年(1599年)に播磨国内で2万石を領した。

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いでは西軍に属して鉄砲大将として伏見城の戦いに参加。本戦の参加の可能性もある。戦後、改易となって所領は没収された。

参考文献編集

  • 桑田忠親 『太閤家臣団』 新人物往来社、1971年、51頁。 ASIN B000J9GTRU
  • 高柳光寿; 松平年一 『戦国人名辞典』 吉川弘文館、1981年、83-84頁。