木坂順一郎
木坂 順一郎(きさか じゅんいちろう、1931年8月5日[1] - )は、日本の歴史学者。専門は日本近現代史。龍谷大学名誉教授。
人物
編集東京市日本橋区(東京都中央区)で生まれ育つ[1]。久松国民学校在学中に、東京子供唱歌隊員としてNHKラジオに出演した[1]。1944年、縁故疎開で祖父母の住む京都市の実家(西陣の帯問屋)に移る[1]。
1951年、京都大学文学部へ進み、江口圭一や戸田芳実らと同期となる[1]。翌年に京都大学法学部へ転学して1956年に卒業後、名古屋大学大学院法学研究科へ進んで信夫清三郎に師事し、1958年に同大助手となった[1]。1965年、龍谷大学経済学部に講師として着任し、1968年には同大法学部の創設に参画し助教授、翌年には教授に昇任した[1]。法学部長や図書館長を務めた後、2000年に龍谷大学を退職し、名誉教授となった[1]。
研究
編集政治学や国家論の視点を加味しながら、大正デモクラシーや日本ファシズムなどの研究を進めた。また、「大東亜戦争」「太平洋戦争」などの従来の呼称は昭和期の戦争の性格を捉えきれないとして、「アジア・太平洋戦争」という呼称の普及に努めた研究者として知られる[2]。
著書
編集単著
編集- 『昭和の歴史(7)太平洋戦争――大東亜共栄圏の幻想と崩壊』(小学館, 1989年/小学館ライブラリー, 1994年)
- 『進め一億火の玉だ――15年戦争と庶民の戦争責任』(つむぎ出版, 1993年)
共著
編集編著
編集編纂史料
編集参考文献
編集- 木坂順一郎「私と日本近現代史研究」『年報・日本現代史』第7号、現代史料出版、2001年、309-324頁。