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本多 犬千代(ほんだ いぬちよ、寛永13年(1636年) - 寛永17年5月13日1640年7月2日))は、江戸時代前期の下野榎本藩の第3代(最後)の藩主。

第2代藩主本多政遂の長男。母は初代藩主本多忠純の娘。1638年、父の早世により跡を継いだが、1640年5月13日に5歳で死去した。戒名は善哲。当然子はなく、榎本藩は無嗣改易となった。

忠純系本多家の名跡は、政遂の弟の本多政朝が継ぎ、大身旗本(5000石)の本多大隅守家として続いた。