メインメニューを開く

本興寺(ほんこうじ)は、静岡県湖西市鷲津にある仏教寺院。法華宗陣門流の東海別院。山号は常霊山(法華経自我偈の一句「常在霊鷲山」にちなむ)。院号は大悲院。本尊三宝尊。塔頭が四院ある(長勝院、光明院、玉葉院、東光院)。

本興寺
Honko-Temple Main Hall.JPG
本堂(重要文化財)
所在地 静岡県湖西市鷲津384番地
位置 北緯34度43分1.8秒 東経137度32分17.5秒 / 北緯34.717167度 東経137.538194度 / 34.717167; 137.538194座標: 北緯34度43分1.8秒 東経137度32分17.5秒 / 北緯34.717167度 東経137.538194度 / 34.717167; 137.538194
山号 常霊山
院号 大悲院
宗派 法華宗陣門流
寺格 東海別院
本尊 三宝尊
創建年 1383年
開基 大慈悲院日乗
正式名 常霊山大悲院本興寺
別称 文晁寺
文化財 本堂、
絹本着色法華経曼荼羅図ほか
法人番号 7080405001315
テンプレートを表示

歴史編集

南北朝時代弘和3年/永徳3年(1383年)、陣門流の門祖日陣1339年 - 1419年)が東海地方を巡化していた時、行基開基を伝える古刹高野山真言宗三河国船形山普門寺愛知県豊橋市雲谷(うのや)町)の末寺であった遠江国薬師堂の僧が法戦を挑んだ。しかし、この僧の法説は日陣により論破され、僧は大慈悲院日乗1345年 - 1425年)と名を改めた。この日乗が当寺開山の僧である。そしてこの時より、薬師堂は常霊山本興寺という名となり、この地域の法華宗布教の中心となった。江戸時代は10万石の格式と徳川将軍家三つ葉葵の使用を許された。

文化財編集

重要文化財(国指定)編集

  • 本堂 - 寄棟造、茅葺、天文21年(1552年)建立
  • 絹本著色法華経曼荼羅図 4幅
  • 紺紙金字法華経(開結共)10巻
  • 紺紙金字法華経 8巻

その他編集

 
山門(市指定文化財)
 
客殿(市指定文化財)

静岡県指定有形文化財の奥書院、湖西市指定有形文化財の山門、中門、千仏堂、客殿など多くの文化財を有する。山門と奥書院は吉田城(愛知県豊橋市今橋町)元大手門であった門と城の御殿を三河吉田藩久世重之により寄進されたものとされる。日本庭園があり、小堀遠州の作庭とも言われる。この遠州流庭園は大書院や久世家の奥書院に映えている。庭園と書院の見学には拝観料が必要である。

本堂の近くに歌碑がある。

「水の音 ただにひとつぞ 聞こえける そのほかはなにも 申すことなし」 北原白秋

アクセス編集

関連項目編集

総本山編集

本興寺以外の別院編集

関連項目編集

外部リンク編集

  •   ウィキメディア・コモンズには、本興寺 (湖西市)に関するカテゴリがあります。