メインメニューを開く

朱 潜(しゅ せん、주잠1194年 - 1260年)は、朱熹の曽孫であり、朝鮮氏族新安朱氏の始祖である。

朱潜
各種表記
ハングル 주잠
漢字 朱潜

新安(徽州府)婺源県(現在の中国江西省上饒市婺源県)の人。南宋翰林学士太学士秘書閣直学士の重臣を歴任するが、元朝に滅亡される直前の1224年、身の危険を案じ、家族と同僚の重臣、綾城具氏の始祖である具存裕と共に高麗亡命するが、元朝の追い手が南宋の亡命した旧臣を差し出すことを要求したため、積徳に改名して隠居した[1]

家族編集

脚注編集

参考文献編集