杉永 政信(すぎなが まさのぶ、1961年5月5日 - )は、福井県出身の元プロ野球選手投手)。現在はプロ野球審判員

杉永 政信
Masanobu Suginaga
20190414 Masanobu Suginaga, umpire of the npb, at Yokohama stadium.jpg
2019年4月14日
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福井県武生市
生年月日 (1961-05-05) 1961年5月5日(59歳)
身長
体重
189 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1979年 ドラフト1位
初出場 1985年
最終出場 1985年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物編集

鯖江高では1978年秋季北信越大会準々決勝に進むが、森隆峰のいた高岡第一高に延長13回サヨナラ負けを喫する。

1979年ドラフト1位(木田勇の外れ1位)で大洋(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。高校球界では無名ながら、巨体から繰り出す速球は150キロ近いと言われ、本人も入団会見の際に、「300勝する」と宣言していたが、入団後はフォームを崩したこともあって伸び悩み、ストレートの球速が120キロ前半にまで落ち込んでしまった。

その後アンダースローに転向するなど試行錯誤を繰り返していたが、スローカーブを取得してから二軍で成績を残せるようになり、1985年に一軍デビューし3試合登板した(この頃はストレートの球速も135キロ前後まで回復していた)。しかし、その年のオフに戦力外通告を受け現役引退した。翌年打撃投手となるものの1年で退団。

1987年、ブリンクマン審判学校を経て、セントラル・リーグ審判部入局(最初は東京審判部所属だったが、後に関西審判部転属となり現在に至る)。2018年終了時までの通算試合出場数は2395、オールスターゲーム出場4回(1997年、2002年、2007年、2013年)。日本シリーズ出場4回(2004年、2007年、2010年、2013年)2008年に主任に昇進した。役職名変更により2011年からクルーチーフとなる。2017年からはクルーチーフを解かれ一般審判員となる。

オールスターでは2007年第2戦(オールスター史上初となる降雨コールドゲームかつ52年ぶりデーゲーム開催)で球審を、日本シリーズでは2004年第5戦、2010年と2013年第7戦で球審をそれぞれ担当。なお第7戦で2回球審を務めたのは、セ・リーグ出身審判としては岡田功谷博についで3人目、プロ野球史上4人目である。

1992年阪神甲子園球場で行われた阪神タイガースヤクルトスワローズ第18戦(日本プロ野球史上最長の6時間26分を記録した試合)で一塁塁審を務めていた。

2013年10月6日広島対ヤクルト24回戦で球審を務め通算2000試合出場を達成。

審判員袖番号は16(1988年の初採用からつけている)。190cm近い長身であり、日本プロ野球審判史上有数の巨漢である。また、近年のプロ野球の審判員としては珍しくブレザーを着用しないことでも知られ、肌寒い時期のデーゲームはもちろんナイトゲームでも着用することは稀である。

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
1985 大洋 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.0 1 0 2 0 0 1 0 0 1 1 4.50 1.50
通算:1年 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.0 1 0 2 0 0 1 0 0 1 1 4.50 1.50

背番号編集

  • 28 (1980年 - 1981年)
  • 52 (1982年 - 1986年)

審判出場記録編集

  • 初出場:1989年9月8日、阪神対大洋19回戦(甲子園球場)、左翼外審。
  • 出場試合数:2467試合
  • オールスター出場:4回(1997年、2002年、2007年、2013年)
  • 日本シリーズ出場:4回(2004年、2007年、2010年、2013年)

(記録は2019年シーズン終了時)

出演テレビ番組編集

関連項目編集