杉浦 乗意(すぎうら じょうい、元禄14年〈1701年〉 - 宝暦11年7月24日1761年8月24日〉)は、江戸時代中期の装剣金工家である。通称は奈良太七、後に仙右衛門。土屋安親奈良利寿と共に奈良三作と称された。

経歴・人物編集

松平光永の家臣の子として美濃国加納(現在の岐阜市)で生まれ、信濃国松本への移封に随伴した後[1]、江戸に出府し、深川の小名木川岸の蔵屋敷に在住し、奈良派3代奈良利治一門の奈良寿永に弟子入りする[1]。号は師匠の推薦により永の字が許可され奈良派4代奈良利永から因み一蚕堂永春と称したが、後に剃髪して乗意と改める[2]

平らな朧銀の下地文様の輪郭とする部分を一段低く掘り下げ、文様が下地より高くならないようにする「肉合彫り」と呼ばれる斬新で精密な文様の表現を創始した[1][2]。彼が創始した文様の表現は評判になり、後に水戸京都などの装剣金工家に影響を及ぼした[3]

作品は代表作に、『鉄拐仙人図小柄』『児落獅子図小柄』等があった。は2枚程で、他に目貫縁頭等も制作していた。

脚注編集

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外部リンク編集