村上 太三郎(むらかみ たさぶろう、1857年11月4日安政4年9月18日[1] - 1915年大正4年)4月25日[2])は、明治から大正時代前期の政治家実業家衆議院議員(1期)。

村上太三郎
むらかみ たさぶろう
生年月日 1857年11月4日
出生地 日本の旗 日本 遠江国長上郡川袋村
(現静岡県磐田市)
没年月日 1915年4月25日
所属政党 大隈伯後援会

選挙区 静岡県郡部選挙区
当選回数 1回
在任期間 1915年3月 - 1915年4月25日
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経歴 編集

遠江国長上郡川袋村(掛塚村、磐田郡掛塚村、掛塚町竜洋町を経て現磐田市)に生まれる[3]。7歳の時に父と死別し、12歳の時に母の勧めで商人を志し横浜に出て回米問屋を開業する[4]1892年(明治25年)東海屋鉄工場の設立および経営に関与し、以後、日本精製糖[注 1]、日本石油精製[注 2]日本製粉、小樽木材など数々の会社を立ち上げ重役を歴任した[5]。さらに、株式仲買業にも携わり、東京株式取引所仲裁委員、東京商業会議所議員、横浜四品取引所[注 3]理事などを務めたほか、日本重石、九州炭鉱汽船、日本醤油醸造、宝石油、日本活動写真、東京澱粉各取締役、営口水道電気、旭薬各監査役などを歴任し、鉱山業の経営にも従事した[6]

1915年(大正4年)3月の第12回衆議院議員総選挙では静岡県郡部から出馬し当選したが、登院を待たずして死去した[6]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 大日本明治製糖の前身のひとつ。
  2. ^ 昭和26年設立の新日本石油精製の前身会社とは異なる。
  3. ^ 横浜生絲取引所の前身。

出典 編集

参考文献 編集

  • 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第11』大蔵省印刷局、1962年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3000139 
  • 静岡新聞社出版局 編『静岡県歴史人物事典』静岡新聞社、1991年。ISBN 4783804249