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村澤氏(むらさわし)は、信濃国の国衆で、藤原秀郷の裔を称する村澤秀治を祖とする一族である。

概要編集

熊谷家伝記』によると、村澤氏は元長沼氏で、南北朝時代まで常陸国の城主であったという。

その末孫・村澤次郎八は小笠原氏食客となり、兵を与えられ、伊那小澤を治めていた江儀遠山氏攻略を命じられた。勝てば所領を与えられる約束であったものの、戦に敗れ、また時の小笠原氏当主は家臣を斬り捨てる暴君であった為、身の危険があり帰参かなわず、親方島に隠住する事となった。村澤氏の隠住は応永年間であると伝わる。

のち1448年文安5年)長沼(現天龍村長島地区)を切り拓いて移り住み、村名を先祖の苗字から長沼とし、姓を常陸国に古くから伝わる村澤とした。

また、松島も切り拓き、新野を支配する関盛春の配下に加わった。

村澤次郎八は秀郷の末裔である秀治を養子とし、村澤氏を継がせた。

村澤家は、現阿南町富草地区に在る関昌寺を菩提寺として現在に至る。

関昌寺に残る村澤家之霊位

  • 秀隣院殿英學良俊居士 天文 7年 6月24日 秀治(1538年)

参考文献編集

  • 太田亮『姓氏家系大辞典 第三巻』(角川書店、1976年)
  • 阿南町町誌編纂委員会『阿南町誌 上巻』(阿南町、1987年)
  • 山崎一司『「熊谷家伝記」のふるさと』(愛知県富山村教育委員会、1992年)
  • 長野県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会『長野県姓氏歴史人物大辞典』(角川書店、1996年)
  • 天龍村史編纂委員会『天龍村史 上巻』(天龍村、2000年)
  • 天龍村史編纂委員会『天龍村史 下巻』(天龍村、2000年)