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来歴・人物編集

デビュー前編集

東京都出身。中学時代にビートルズ来日のTV放送を見てカルチャーショックを受け、その翌日にエレキギターを購入。コピーを始めた後、ローリング・ストーンズにも大きな影響を受け、クリームレッド・ツェッペリン等のブリティッシュ・ハードロックを聴くようになる。同時にバンド活動も開始するが、中学3年時にはベーシストが見つからず、村田が自ら担当していたという(なお、20歳くらいまではいろんなバンドでベースを弾いていた)。

獨協大学入学後の1977年にバンド「ALMOND ROCCA」を結成し、本格的なバンド活動を行うようになる。バンドは1978年のEastWest地区大会でグランプリを獲得するなど高い評価を受ける。渋谷にあるYAMAHAのスタジオ「エピキュラス」で練習を行い、デモテープを制作。自主制作盤『エピキュラス・フレンズ・コンサートライブ』に後のレパートリー曲となる「電話しても」「GREYHOUND BOOGIE」が収録された。また、デモテープがエピキュラスのエンジニアからフリーのプロデューサーに渡り、ソングライティングとヴォーカルを高く評価したプロデューサーが村田に接触するも、完全な洋楽指向で邦楽は山下達郎はっぴいえんどしか聞いていなかった村田は「あなたじゃ駄目、僕らをプロデュースできるのは山下達郎ぐらいかな」と大口を叩いて断ってしまう。だが、そのプロデューサーが偶然にも山下と知り合いだったため、後日、実際に彼に引きあわせてもらい、デモテープを渡す機会を得る。デビューへの道を模索するが、村田が山下との間にプロデューサーを入れることに納得いかず、かといって直接依頼したかった山下の電話番号も聞いていなかったため連絡が取れないまま、デビューの話は立ち消えになってしまった。しかし、デモテープを聴いた山下は村田を高く評価しており、「もし、このシンガーが世に出なかったら「電話しても」を自分で歌おう」と思ったほど惚れ込んだという[要出典]。 結局デビューの話が立ち消えになってしまった村田は、大学卒業を節目としてALMOND ROCCAを解散、日本楽器製造株式会社(現・ヤマハ株式会社)に入社し、営業マンとして勤務を始めた。暫くして、サラリーマンとして働きながらALMOND ROCCAを再結成し、精力的にライブ活動を行う。ライブを見に来ていたRCAレコードのディレクターに評価され、再びデビューの話が持ち上がる。RCAレコード内にあるAIRレーベルに所属していた山下と再会。既に村田を評価していた彼の後押しもあり、プロデビューが決定する。

1981年、会社を退職しデビューアルバムのレコーディングに入る。山下によるプロデュースを期待していた村田だったが、音楽性や声質から「山下が村田を手がけたら似すぎてしまうのでは」というスタッフの危惧から、アレンジは鈴木茂と当時寺尾聰のアレンジでヒットを飛ばしていた井上鑑に委ねられることとなる(鈴木はアルバム『LAGOON』を気に入っていた村田の、井上はスタッフサイドからの要望であった)。レコーディングが進む中、製作途中のテイクを聴いた山下から直接村田に連絡があり、アレンジのやり直しを進言。結局「電話しても」を含む数曲が山下のアレンジで録り直すことになった。また、製作中にムーン・レーベル設立の話が立ち上がる。第一弾アーティストとして村田と松下誠がラインナップされることとなり、一旦レコーディングを中断してデビューのタイミングを調整。レコーディング開始から1年後の1982年4月、シングル「電話しても」でデビュー、同年6月にファーストアルバム『また明日』がリリースされた。

デビュー後 - MOONレーベル時代編集

『終わらない夏』のプロモーション終了後、スケジュールの空いていた村田に山下のツアーにコーラスとして参加する話が舞い込む。山下によってリハーサルでかなりしごかれたが、現場での多くの音楽的経験を積んでいった。ツアーで村田が一番参ったのは、他の女性コーラス陣と合わせての「踊り」だったという。1983年、山下のプロデュースでシングル&アルバムを制作。マクセルからの依頼で「一本の音楽」というコピーを使用するという条件で制作された先行シングル「一本の音楽」がスマッシュヒット。CMの露出が多かったこともあり、6月に発売されたセカンドアルバム『ひとかけらの夏』は売れ行きも上々、ライブもコンサートホールで行う事ができるようになった。数多くライブ活動を行う中で、山本圭右、阿部薫、小板橋博司、小室哲哉のバンドメンバーでサウンドを確立していった。翌1984年にTMネットワークでデビューする小室を除くメンバーでサードアルバム『MY CREW』を製作。本来このサードアルバムで再び山下がプロデュースを行う予定だったが、村田サイドがこのバンドメンバーでのレコーディングを選択。セカンドアルバムでの経験を生かした、村田のセルフプロデュース作となった。全国主要5都市を含む全国ツアーも行われた。

しかし、翌1985年は再登板の予定だった山下が諸事情(自身の音楽制作へのコンピュータ導入による試行錯誤など)により制作に着手できず、村田も収録予定だった楽曲を他のアーティストに提供する等、ちぐはぐな活動となってしまい、結局アルバムの製作は流れてしまった。アサヒのワインクーラーのCM用に「SEASIDE SONGS」を作曲。

1986年に新しいディレクターの手引きで渡米し、ロニー・フォスターの元で『showdown』を製作。 LA滞在中のホテルでカレーを料理中にルーで喉を痛め、ヴォーカル録音は日本に帰国後に行う。 「Seaside Songs」は日本のミュージシャンでレコーディングされているので、おそらく日本レコーディングだが、コーラスはロニー・フォスターが参加している。また他にも山下達郎がコーラス参加しているなど、どこまでが日本、LAで録音されたものかは未定。 LAのスタジオミュージシャンを起用した本作は、これまでの村田にはないアーバンでスタイリッシュなテイストを盛り込んだ意欲作となった。 1987年、企画盤「Back to Frisco」に山本圭右、西司、平松絵理とユニット名Honey & B-boysとして参加。 1987年に再渡米、 LAでベーシックトラックを製作し、日本でダビング及びヴォーカルを録音する形で製作された『Boy's Life』はこれまでの村田の音楽活動の集大成というべき作品となった。

東芝時代編集

デビューからスタッフや状況が変わったことや、アルバム製作が一段落着いたということもあり、環境のリセットを考えていた村田は東芝EMIへ移籍する。当時大流行していた打ち込みによる音作りを大胆に持ち込んだアルバム『GO POP』を1988年にリリース。アレンジも他人に委ねた本作は、村田独自のポップなメロディーは健在ながら、これまで培った生音中心の綿密な音作りと逆方向の仕上がりになった。 ボストンでミックスダウンを行う予定が、ミキサーがナッシュビルに滞在していた為、ナッシュビルのスタジオにてミックスダウンを行う。 村田はミキサーを気に入り、後年、「空を泳ぐ日」、「Hello Again」のミックスダウンも依頼。「空を泳ぐ日」はボストンでミックスダウン。パール兄弟のアルバムも同じミキサーが手掛ける。

次作『太陽の季節』(1989年)はざっくりしたバンドサウンドに振った作品、『空を泳ぐ日』(1990年)は中村哲のアレンジで打ち込み中心。ボストンにてトラックダウン。ややMOONレーベル時代の作りに戻った感はあるものの、総じてやや停滞した音楽活動となってしまった感は否めなかった[独自研究?](「電話しても」のアンサーソング「電話しなくても」も収録)。また、村田本人もどこかルーチン的になってしまった音楽活動に新鮮さを失い、コーラスやアレンジの仕事をこなしつつ、湯川トーベンフォークロックスや、J-WAVEの企画で、杉真理とのユニット「アロハ・ブラザース」、斎藤誠らとのユニット「21」を結成。 杉山清貴、河内淳一とのユニット「INN&OUT」等のアマチュア的な音楽活動へ向かい、表舞台からは徐々に姿を消していくこととなった。

ビクター/ROUX時代編集

アマチュア的に純粋な音楽活動に携わるうちに、村田は音楽製作に対する意欲を取り戻していった。また、東芝時代の反省も生かし、「やりたいことを、やりたいメンバーで、自分のプロデュース・アレンジで製作する」という決意の元、『HELLO AGAIN』(1993年)をリリース。ドラムだけは打ち込みになったものの、当時のメンバーによる演奏や山下の参加により、復活を感じさせる佳作となった。続く『evergreen』(1994年)は完全バンドサウンドによる村田サウンドの復活を、『sweet vibration』(1995年)はサウンドスタイルはそのままに楽曲の多様化をそれぞれ目指した作品で、いずれも村田らしさに満ちた充実した作品となった(村田自身、リイシューしたアルバムの解説で「3枚とも迷いのないアレンジ、妥協のないメロディ、アイデアやメリハリなど、自分の音楽活動のひとつの区切りをつけたもの」と発言している[要出典])。ただ、セールス的には当時のマーケットには受け入れられたとは言い難い状況だった。以降、オリジナルアルバムのリリースは暫く途絶えることとなる。

晩年まで編集

再びアマチュア的な音楽活動に戻っていた村田に、尚美学院が新しく創設した「プロミュージシャン学科」から講師の依頼が入った。最初は気乗りしなかった村田だが、次第にやりがいを感じ、講師活動に精力的に取り組むこととなる。また、村田が講師をしているという話を聞きつけた他の学校から講師のオファーがあったり、卒業した生徒から個人的にレッスンを依頼されたりするうち、いつしか活動はレッスン一色になっていった。そのまま講師活動を続けようと思っていた村田であったが、講師活動が6年間経った時に自身が肺炎で入院したことと、ALMOND ROCCAのベーシスト・新井正春が急逝したことを契機に、自分の音楽活動に戻ることを決意する。また、自身の音楽活動を総括するため、1:デビュー前のデモソングの再録、2:夏モノアルバム、3:ロック物のアルバムの三部作を製作するという着想を得、2008年4月に13年ぶりの新作となる『Now recording』を自主リリースした。同アルバムはライブツアー活動のプロモーション用に作成した側面が大きかったが、音楽関係者からの反響が大きく、同年8月にメジャーレーベルであるユニバーサルレコードからボーナストラック5曲入り、24bitリマスターでの再リリースとなった。

2009年、夏モノアルバム『ずーーっと、夏。』をリリース。次作はロック物の予定だったが、『ずーーっと、夏。』の反響が大きかったため、翌2010年には続編的なアルバム『ずーーっとずっと、夏。』のリリースとなった。2012年には「夏モノ3部作」の3作目として『ずーーっとずっと、ずっと夏。』をリリース。同アルバムからは「太陽のPrecious」(作詞:安藤芳彦/作曲・編曲・歌:村田和人)が東芝「住宅用太陽光発電システム」のCM「次の暮らし篇」のCMソングとして先行放送された。2013年には他アーティストへの提供曲をカバーした『Treasures in the BOX』を6月に、夏モノ3部作から選出した楽曲にマイケル富岡の喋りを乗せたラジオ風のノン・ストップDJミックスに仕上げたベスト盤『夏!夏!夏!』を7月にリリースしている。

2015年1月まで日本各地を訪れるライブ活動を精力的に行っていたが、この頃から体調不良を訴えるようになる。その後は闘病しながら音楽活動を続けていたが、2016年2月初旬には春から行われるライブツアー中止を発表。間もなく容態が急変し、2月22日に大腸がんからの転移性肝臓がんにより死去した[1][2]。享年62。

ディスコグラフィー編集

シングル編集

発売日 規格 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲 備考
ALFA MOON Records
1982年4月21日 EP MOON-701 A 電話しても 村田和人 山下達郎
B 波まかせ風まかせ
1982年8月21日 EP MOON-702 A Catching The Sun 村田和人 山下達郎 シャープ エルシーメイト CMソング
B Lady September 安藤芳彦 村田和人
1983年3月25日 EP MOON-705 A 一本の音楽 安藤芳彦 村田和人 山下達郎 日立マクセル CMソング
B Whisky Boy 竹内まりや 小野敏、村田和人 鈴木茂
1984年6月10日 EP MOON-714 A WEEKEND LOVE 安藤芳彦・村田和人 村田和人 モーニングスタジオ・土曜!100%』(関西テレビ)テーマ曲
B UP TO LOVE Ralph McCarthy
1985年11月28日 EP MOON-506 A Show Must Go On Ralph McCarthy 村田和人 村田和人
B Dance With Me John Hall Joannna Hall
1986年6月25日 EP MOON-729 A 25時のアベニュー~Love you for the night~ 小林和子 村田和人
B SEE YOU AGAIN 竹内まりや
1987年5月10日 EP MOON-741 A 湾岸ウィング 安藤芳彦 村田和人 趣味講座 ベストサウンド』(NHK教育)主題歌
B In The Southern Sky CINDY
1987年6月25日 EP MOON-744 A Stay The Young 安藤芳彦 村田和人 PIONNER carrozzeria CMソング
B Morning Selection
1987年9月10日 EP MOON-749 A JUST A LOVE SONG 安井かずみ 加藤和彦 映画『ハワイアン・ドリーム』エンディングテーマ曲
B TIME FOR LOVE
東芝EMI・EastWorld
1988年9月10日 EP RT07-2142 A SKY LOVE 田口俊 村田和人 最高位87位
B 水のエンベロープ 石川あゆ子
1989年5月10日 EP RT07-2*** A SARA! 安藤芳彦 村田和人
B 風とコロナ サエキけんぞう
1990年6月6日 8cmCD TODT-2524 1 空を泳ぐ日 安藤芳彦 村田和人
2 優しいなんて誤解
Victor・ROUX
1993年3月24日 8cmCD VIDL-10343 1 君の自由 庄司明弘 村田和人 UCカードCMソング
2 もう一度
1993年10月21日 8cmCD VIDL-10452 1 Slide on your season 田口俊 村田和人
2 彼方に~Family of Love~ 杉真理
1994年2月9日 8cmCD VIDL-10499 1 今日から始めよう 秋元康 後藤次利 ブルボン「バレンタイン&ホワイトデー」CMソング ※荻野目洋子とのデュエット
2 今日から始めよう(荻野目洋子 歌入りカラオケ) -
3 今日から始めよう(村田和人 歌入りカラオケ)
4 今日から始めよう(オリジナル・カラオケ)
1995年6月21日 8cmCD VIDL-207 1 Do You Wanna Dance? 安藤芳彦 村田和人 日産自動車 ラルゴ CMソング
2 太陽の恋人

アルバム編集

タイトル 発売日 レーベル 規格 規格品番 最高位 備考
1st また明日 1982年6月21日 ALFA MOON Records LP MOON-28003
1994年5月25日 ALFA MOON Records CD AMCM-5007
2006年12月6日 ALFA MOON Records CD WPCL-10381 2006年デジタルリマスター盤
2012年5月23日 FLY HIGH RECORDS SHM-CD(紙ジャケ) VSCD-1735 2012年デジタルリマスター盤
2nd ひとかけらの夏 1983年6月25日 ALFA MOON Records LP MOON-28010 25位
1994年5月25日 ALFA MOON Records CD AMCM-5008
2006年12月6日 ALFA MOON Records CD WPCL-10382 2006年デジタルリマスター盤
2012年5月23日 FLY HIGH RECORDS SHM-CD(紙ジャケ) VSCD-1735 2012年デジタルリマスター盤
3rd MY CREW 1984年7月10日 ALFA MOON Records LP MOON-28020 26位
1994年5月25日 ALFA MOON Records CD AMCM-5009
2006年12月6日 ALFA MOON Records CD WPCL-10383 2006年デジタルリマスター盤
2012年5月23日 FLY HIGH RECORDS SHM-CD(紙ジャケ) VSCD-1736 2012年デジタルリマスター盤
4th Showdown 1986年6月25日 ALFA MOON Records LP MOON-28034 41位
1994年5月25日 ALFA MOON Records CD AMCM-5017
2006年12月6日 ALFA MOON Records CD WPCL-10384 2006年デジタルリマスター盤
2012年5月23日 FLY HIGH RECORDS SHM-CD(紙ジャケ) VSCD-1737 2012年デジタルリマスター盤
5th Boy's Life 1987年6月25日 ALFA MOON Records LP MOON-28045 35位
1994年5月25日 ALFA MOON Records CD AMCM-5018
2006年12月6日 ALFA MOON Records CD WPCL-10385 2006年デジタルリマスター盤
2012年5月23日 FLY HIGH RECORDS SHM-CD(紙ジャケ) VSCD-1738 2012年デジタルリマスター盤
6th GO POP 1988年10月5日 東芝EMI・EastWorld LP RT28-5278 36位
1988年10月5日 東芝EMI・EastWorld CD CT32-5278
2011年8月10日 FLY HIGH RECORDS CD(紙ジャケ) VSCD-1722 2011年24bitデジタルリマスター盤
7th 太陽の季節 1989年6月14日 東芝EMI・EastWorld LP RT28-5464 55位
1989年6月14日 東芝EMI・EastWorld CD CT32-5464
2011年8月10日 FLY HIGH RECORDS CD(紙ジャケ) VSCD-1723 2011年24bitデジタルリマスター盤
8th 空を泳ぐ日 1990年7月25日 東芝EMI・EastWorld CD TOCT-5736 91位
2011年8月10日 FLY HIGH RECORDS CD(紙ジャケ) VSCD-1724 2011年24bitデジタルリマスター盤
9th HELLO AGAIN 1993年3月24日 Victor・ROUX CD VICL-384 75位
2007年12月12日 MUSKRAT CD RATCD-4319 2007年デジタルリマスター盤
10th evergreen 1994年6月22日 Victor・ROUX CD VICL-541 88位
2007年12月12日 MUSKRAT CD RATCD-4320 2007年デジタルリマスター盤
11th sweet vibration 1995年9月21日 Victor・ROUX CD VICL-668
2007年12月12日 MUSKRAT CD RATCD-4321 2007年デジタルリマスター盤
12th Now Recording 2008年4月1日 KAZ COLLECTION CD KAZ-001
2008年8月27日 UNIVERSAL MUSIC・NAYUTAWAVE RECORDS CD UPCH-20108 ボーナス・トラック入
13th ずーーっと夏。 2009年7月15日 UNIVERSAL MUSIC・NAYUTAWAVE RECORDS CD UPCH-20161 223位
14th ずーーっとずっと、夏。 2010年9月15日 UNIVERSAL MUSIC・NAYUTAWAVE RECORDS CD UPCH-20206 261位
15th ずーーっとずっと、ずっと夏。 2012年5月23日 UNIVERSAL MUSIC・USM JAPAN CD UICZ-4265 154位
16th Treasures in the BOX 2013年6月26日 UNIVERSAL MUSIC・USM JAPAN CD UICZ-4281 249位
17th P-CAN 2014年7月25日 Island Moon Music CD IMCM-0007
18th De P-CAN 2018年7月2日 UNIVERSAL MUSIC CD UICZ-4428

ライブ・アルバム編集

  • 雨の日には(2017年12月15日、Island Moon Music、IMCM-0009)

企画盤編集

  • Honey & B-Boys(村田和人、山本圭右平松愛理西司)『BACK TO FRISCO』(1987年)
  • 21 TWENTY-ONE(村田和人、斎藤誠重実徹山根栄子)『Blue Coast Inn』(1988年)、『GREETING』(1991年)
  • クリスマス企画コンピュレーションアルバム『Winter Gift Pops』(村田和人『Miss You Baby』収録)(1997年)
  • Jean & Gingers(村田和人、山本圭右小板橋博司吉川みき)『The Greatest Hits』(1998年)
  • A,M,S&I(安部泰宏、村田和人、鈴木雄大伊豆田洋之)『奇跡はここにあるのさ』(1999年)
  • オムニバス盤『CITY POP〜WARNER MUSIC JAPAN edition』(村田和人 with 安部恭弘&木戸やすひろ「潮騒 (The Whispering Sea)」収録)(2003年)
  • オムニバス盤『HULA Cafe Vol.2』(村田和人 「Road to the Paradise」収録) (2006年)
  • ALOHA BROTHERS(杉真理)『世界のアロハ・ブラザーズ』(2010年)
  • 『午後のボッサ〜カフェ・ビートルズ』(村田和人「Eight Days A Week」収録)(2010年)

その他 音楽ユニット編集

提供曲編集

作曲編集

他、多数

テレビ出演編集

ラジオ出演編集

脚注編集

  1. ^ お知らせ 村田和人 オフィシャル・ブログ 2016年2月23日閲覧
  2. ^ 村田和人、肝臓がんのため逝去”. 音楽ナタリー (2016年2月23日). 2016年2月23日閲覧。

外部リンク編集