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東京キューバン・ボーイズ(とうきょうキューバン・ボーイズ)は、1949年見砂直照によって結成された、日本を代表するラテンバンド[1]。略称はTCB。ラテン音楽のみならず、映画音楽クラシック音楽ポップ・ミュージックのラテンアレンジなども数多く演奏し、マンボなどのラテン音楽を日本に広く紹介した。発表したアルバムは、オリジナルアルバムだけで200枚を超える[1]1980年に解散。2005年に、直照の息子である見砂和照が中心となって再結成。

東京キューバン・ボーイズ
ジャンル ラテン音楽/マンボ
活動期間 1949年1980年
2005年
レーベル コロムビアミュージックエンタテインメント
キングレコード
共同作業者 トリオ・ロス・チカノス
公式サイト [1]

解散までは「見砂直照と東京キューバン・ボーイズ」名義も使用したが、2005年に再結成したあとは、「見砂和照と東京キューバン・ボーイズ」名義で活動している。

目次

概要編集

1949年9月3日に、リーダーの見砂直照が中心となって結成[2]

中南米の曲から、当時のヒット曲のラテンアレンジまで幅広く演奏、録音し、日本にマンボなどのラテン音楽を紹介した。1965年芸術祭奨励賞、1970年芸術祭優秀賞受賞。1968年にはコロンビアレコードのゴールデンレコード賞を受賞。その後1971年、1972年にも同賞を受賞している。

1975年にはソビエト連邦(現:ロシア連邦)の各都市でコンサートを開催。1979年には、メキシコキューバなどの中南米諸国でもライブを行った。

1980年に解散[2]

1990年6月20日、リーダーの見砂が死去。

1999年に結成50周年を迎え、見砂の息子、見砂和照が中心となって「東京キューバンボーイズ結成50周年記念コンサート」を開催。同年、コロムビアミュージックエンタテインメントから、過去の音源がCDアルバムとして10点復刻された。

2005年、見砂和照がリーダーとなって再結成。

メンバー編集

メンバーは流動的で、参加経験のある音楽家は多数いる。以下に、メンバーとして参加したことのある人物の一部を挙げる。詳細なメンバー等は、結成60周年を記念して発売された『見砂直照生誕100年・東京キューバンボーイズ結成60周年記念パンフレット・写真集』に記載されている。

ディスコグラフィー編集

東京キューバン・ボーイズのアルバム、SPレコードなどは非常に多数ある。ここではその一部を挙げている。より詳細なディスコグラフィーは、結成60周年を記念して発売された『見砂直照生誕100年・東京キューバンボーイズ結成60周年記念パンフレット・写真集』に掲載されている。

オリジナルアルバム編集

  • 東京キューバンボーイズ結成60周年記念コンサートライブ (2009年、キングレコード)

再発盤編集

  • 花のステージ (1996年)
  • 情熱のラテン・ヒッツ (1998年)
  • 東洋の幻想 - 日本のうた (1999年)
  • 黒い太陽 - キューバへの郷愁 (1999年)
  • チャ・チャ・チャ - これぞラテン (1999年)
  • キューバ:カール・マルクス劇場 実況ライヴ (1999年)
  • メロディ・オブ・ジャパン (1999年)
  • 懐しのラテン・レクオーナ・キューバンボーイズの想い出 - ルンバのすべて (1999年)
  • リオのポポ売り - エル・マンボ (1999年)
  • 想い出の東京キューバン・ボーイズ - ラテンの名曲と世界のメロディー (1999年)
  • マンボのすべて (1999年)
  • Oh! ブラジル キューバン・プレイズ・ボサ・ノバ (1999年)
  • 祭りの四季 -日本の祭囃子- (2009年)

ベストアルバム編集

  • 東京キューバン・ボーイズ・デラックス(1995年、東芝EMI
  • 決定盤 東京キューバンボーイズ大全集 (2006年)


脚注編集

  1. ^ a b 東京キューバン・ボーイズ『東洋の幻想~日本のうた』(コロムビア COCW-30503)ブックレット
  2. ^ a b 東京キューバン・ボーイズ『想い出の東京キューバン・ボーイズ/ラテンの名曲と世界のメロディー』(コロムビア COCW-30582)ブックレット

関連項目編集