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東 京丸・京平(あずま きょうまる・きょうへい)は、漫才協会落語芸術協会所属の漫才コンビ1972年結成。東京二・京太門下。

東 京丸・京平
メンバー 東京丸
東京平
結成年 1972年
活動時期 1972年 -
師匠 東京二・京太
現在の活動状況 寄席
芸種 漫才
公式サイト 公式サイト
受賞歴
1978年:第26回NHK新人漫才コンクール最優秀賞
1979年:第7回放送演芸大賞ホープ賞
1982年:『お笑いスター誕生!!』金賞
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とても仲の良い漫才コンビとして知られる。

メンバー編集

本名:楠本 賢次郎。兵庫県出石町(現・豊岡市)出身。17歳で上京し、酒井淳之助一座に弟子入りする。結成以前は「ブルドッグいさむ・おさむ」、大空かんだとのコンビで活動していた。
本名:毎田 優。鳥取県米子市出身。18歳で上京。結成以前は殺陣師大内竜生の門下生として切られ役の俳優として活動していた。

芸風・来歴編集

  • 当初はツービート星セント・ルイスと並び、スピーディーな漫才で売り出しており、客をほめたあとにはしごを外す「ヨイショ漫才」を得意としていた。過労がたたり、京丸がうつ病を発症する。引退も考えるが、芸人を続けられることを京平が確信。療養を経て2002年に復帰後、京丸の持ち味だったスピード感はなりを潜め、非常にゆっくりとした話し方・動き方に変わったが、それが持ち味となっている[1]。ナイツに「浅草の面白い師匠」などとネタにされ、注目を集めることとなった。2019年現在も浅草東洋館を中心に、テレビ・ラジオ出演もこなしている。
  • 現在は、(先述の経緯によって)独特な話し方の京丸と、それを意に介さぬ京平が繰り広げるネタ(「もしも○○が××だったら……」と仮定を並べたネタなど)のさなか、突如として「チャチャンチャチャンチャンチャン」というブリッジ[2]をはさむ、間のおかしさが売りとなっている。
  • 京丸は京平のことを本名の「毎田さん」と呼ぶことがある。

略歴編集

出演番組編集

レコード編集

脚注編集

  1. ^ “うつ病も乗り越え…京丸・京平さん漫才40年”. 読売新聞. (2012年12月5日) 
  2. ^ 最初にブリッジを開発したとされる。ナイツのテレビなどでの発言。

参考文献編集

  • 東京漫才列伝(東京新聞出版局、2002年)

外部リンク編集