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東京大学医科学研究所(とうきょうだいがくいかがくけんきゅうじょ、: The Institute of Medical Science, The University of Tokyo)は、東京大学の附置研究所で、がん感染症やその他の難治疾患を対象にした最先端の研究と医療を進めることを目的とする研究所である。研究所敷地内に附属病院を有し、国内最大規模の医学研究所[2]である。

東京大学医科学研究所
The Institute of Medical Science Tokyo Japan First Building 0080-2.jpg
東京大学医科学研究所 1号館(東京都港区)
The Institute of Medical Science Tokyo Japan First Building 0086.jpg
1号館 正面玄関
正式名称 東京大学医科学研究所
英語名称 The Institute of Medical Science, The University of Tokyo
略称 東大医科研、IMSUT
組織形態 大学附置研究所
共同利用・共同研究拠点
所在地 日本の旗 日本
108-8639
東京都港区白金台 4-6-1
北緯35度38分23.4秒
東経139度43分29.6秒
予算 142.25億円(2017年度)[1]
*運営費交付金 90.7億円
*外部資金 51.5億円
人数 職員 679人(2018年7月1日現在)[1]
* 教職員 112人
*事務職員 48人
*技術職員 151人
*特定有期雇用職員 191人
*短時間有期雇用職員 177人
*院生 236人(2018年7月1日現在)[1]
*日本学術振興会特別研究員 18人(2018年7月1日現在)[1]
*研究生 15人(2018年7月1日現在)[1]
所長 山梨裕司2019年4月1日 -)
設立年月日 1967年
前身 伝染病研究所
1892年設立)
上位組織 東京大学
公式サイト 東京大学医科学研究所
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共同利用・共同研究拠点に指定されている(「基礎・応用医科学の推進と先端医療 の実現を目指した医科学共同研究拠点」[3])。2001年に近代医科学記念館を設置し、医科学に関する歴史的資料を保存・展示し、最新情報の提供を行っている。

略称は「医科研」「東大医科研」「白金医科研」。英語略称は「IMSUT」。場合にもよるが、旧名称である伝染病研究所から「伝研」という古い略称で呼ばれることもある。

目次

概要編集

 
初代所長・北里柴三郎

1892年明治25年)、芝公園に設立された[4]、伝染病研究所を起源とする。ドイツ留学から帰国した北里柴三郎に当時日本で受け入れる機関がなく、国家有為の才能を発揮できない状態にあった。これを受けて、福澤諭吉が私財を投じて設立した研究所という歴史がある。国内で最初の伝染病研究所である。福澤の他に森村市左衛門長與專齋もこれを助けた。1894年(明治27年)、大日本私立衛生会附属となった伝染病研究所は芝区愛宕町の内務省用地を借り受け、新築移転[4]1899年(明治32年)、伝染病研究所を国に寄付し、内務省管轄の国立伝染病研究所となる。1906年(明治39年)、現在の港区白金台に新築移転した。

1914年大正3年)、文部省に移管。移管決定と同時に所員の総辞職となり、北里は新たに私立「北里研究所」を設立して研究を続けた。1916年(大正5年)、東京帝国大学附置伝染病研究所となる。

1947年昭和22年)、厚生省所管の国立予防衛生研究所(現:国立感染症研究所)が設置され、本研究所職員の約半数が移籍した。

国内社会の衛生状態が改善されるのに伴い、1967年(昭和42年)、「感染症・がんその他の特定疾患に関する学理及びその応用の研究」を目的とする医科学研究所に改組した。

1892年の当初から病院を有している。

時計台のある3階建てのゴシック様式風の本館は、関東大震災1923年(大正12年))のすぐあとに、内田祥三(のちの総長)が耐震・耐火建築研究の実績に立って設計したものである[2]。本館の奥には、8階建ての真新しい病院棟と研究棟が並び、その左右には基礎研究と臨床研究のための建物が密集している。敷地面積約7万平方メートルに、緑に囲まれた公園を有し、2001年、近代医科学記念館を開設した。

沿革編集

  • 1892年11月 - 私立伝染病研究所を設立
  • 1894年 - 大日本私立衛生会附属となる。芝区愛宕町の 内務省用地を借り受け、新築移転。
  • 1899年 - 内務省所管の国立伝染病研究所となる。
  • 1905年4月 - 痘苗製造所および血清薬院を併合
  • 1906年 - 港区白金台に新築移転。(現在地)
  • 1914年 - 内務省から文部省に移管。初代所長の北里柴三郎は、伝染病研究所が内務省から文部省に移管され東京帝国大学に合併される時、移管に反対して所長を辞任。この時、志賀潔をはじめとする研究所の職員全員が一斉に辞表を提出した。伝研騒動といわれる。北里柴三郎は、11月5日に私費を投じて北里研究所を設立した。
  • 1916年 - 東京帝国大学の附置研究所となる。所長および所員は東京帝国大学教授および助教授でほかに専任技師、技手、書記などが多数、任務に服する。病源の検索、予防治療方法の研究、予防消毒治療材料の検査、伝染病研究方法の講習ならびに痘苗血清ワクチン等細菌学的予防治療品の製造および検定に関する事業を掌る。
  • 1923年 - 関東大震災(大正12年)のすぐあとに本館(ゴシック様式風)が建設される。設計:内田祥三(のちの総長)
  • 1947年 - 主に検査・製造などに関わる部門などを厚生省所管の国立予防衛生研究所(現:国立感染症研究所)として分離
  • 1967年 - 伝染病研究所を改組して医科学研究所が設置された。
  • 2001年 - 近代医科学記念館を開設

歴代所長編集

組織編集

研究部門編集

  • 感染・免疫部門
  • 癌・細胞増殖部門
  • 基礎医科学部門

附属施設編集

  • 病院
  • 実験動物研究施設
  • 奄美病害動物研究施設
  • 遺伝子解析施設
  • ヒトゲノム解析センター (HGC)
  • ヒト疾患モデル研究センター
  • 先端医療研究センター
  • 感染症国際研究センター

研究編集

以下の拠点が2003年度に文部科学省21世紀COEプログラムに採択された。

  • ゲノム医科学の展開による先端医療開発拠点

ヒトゲノム解析センターを中核とした以下の拠点が2008年度にグローバルCOEプログラムに採択された。

  • ゲノム情報に基づく先端医療の教育研究拠点

大学院教育編集

医科学研究所は東京大学の大学院教育も担当している。以下の研究科専攻から大学院生を受け入れている。

所在地・アクセス編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集