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東京都第12区(とうきょうとだい12く)は、日本衆議院議員総選挙における選挙区1994年平成6年)の公職選挙法改正で設置。

日本の旗東京都第12区
衆議院小選挙区 東京都23区.svg衆議院小選挙区 凡例(都).svg
行政区域 豊島区10区に属しない区域)、北区板橋区11区に属しない区域)、足立区の一部
(2017年7月16日現在)
比例区 東京ブロック
設置年 1994年2017年区割変更)
選出議員 太田昭宏
有権者数 463,701人
1.95 倍(一票の格差鳥取1区との比較)
総務省・2018年9月登録日)
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目次

区域編集

東京都のうち

2017年の区割り変更では、板橋区の一部が11区から、豊島区の一部が10区から本区へ移行され、足立区の一部が13区へ移行された。

歴史編集

中選挙区時代は、北区・足立区は別の選挙区であった。1996年の設置以来、自由民主党が2度、公明党が3度、民主党が1度議席を獲得、八代英太(自民党)・青木愛(民主党)とタレント議員を2名輩出しているのも特徴である。

1996年の総選挙は八代と、新進党から立候補した沢たまきによるタレント議員同士の争いとなった。この選挙では八代が僅差で当選した。1999年の連立与党組み替え(公明党が連立与党に加わった)を経て、八代は続く2000年総選挙でも再選された。

この2000年選挙から連立を組む自民党との選挙協力を全小選挙区において行った。ほとんどの小選挙区は自民党公認候補を公明党が推薦するが、公明党に小選挙区当選者を割り振るため、公明党公認候補が出馬し自民党は候補を出さず公明候補を党をあげて推薦する自公協力区を、大都市圏(東京と関西)にてごく限られた数だけ設定する手法を取った。その結果、関西では公明党公認候補が全選挙区で当選したが、東京ではこの手法は成功しなかった。

東京での自公協力の失敗の原因を、「党員も含めた自民党支持層の非協力」にあるとみた公明党は、東京小選挙区での公明公認候補を1選挙区だけに絞り、絶対に落選させてはならない議員を候補として送りこむという戦術を取った。公明党は、次期党首と目されていた太田昭宏を候補とし、自公協力区として自民党が選んだのがこの東京12区であった。

自民の現職(八代)との調整上、常に同区を公明党に明け渡すのでなくコスタリカ方式によって、自民八代と公明太田が小選挙区と比例区に順繰りに立候補するという合意が自公両党間でなされた。当区が選ばれた理由には、八代は山梨県出身の落下傘候補であること、地元区議や都議との関係も薄い他党からの移籍者であることなど、党内および選挙区内での基盤が弱かったことがあげられる。この合意がなされた2003年総選挙は、前回当選の八代は比例代表にまわり、小選挙区は太田が立候補、当選した。

しかし、その後の郵政民営化法案採決で八代は党議に反して民営化反対票を投じたため、2005年総選挙では、八代は党公認を得られず無所属での立候補となり、コスタリカ方式は崩れた。そこで、この選挙でも引き続き太田が自公を代表する候補として臨み、再選された。

与党への逆風が強くなった2009年総選挙では、前回まで立候補していた藤田幸久参議院茨城県選挙区に鞍替えし当選したため民主空白区となっていたが、参議院比例区から青木が鞍替えで立候補し当選した。太田は比例代表への重複立候補をしていなかったため議席を失った。

2012年総選挙では太田が青木を大差で破り返り咲いたが、選挙前に民主を離党し日本未来の党に参加していた青木も重複立候補していた比例東京ブロックで復活当選した。

2014年総選挙では前回立候補した太田、青木、日本共産党池内沙織のほか、元航空幕僚長田母神俊雄次世代の党公認で立候補。この選挙では2万票以上得票数を減らしたものの太田が再選した。池内は安倍政権への全面対決を掲げてやや得票数を伸ばし、共産党が獲得議席数を増やした比例東京ブロックで重複立候補しており、復活当選した。生活の党に参加した青木は得票数を減らし、生活の党は比例東京ブロックで議席を獲得できず比例復活もならず議席を失った。田母神は公明党並びに太田への批判を展開し、公明党に批判的な保守層への浸透を図ったが最下位で落選し、次世代の党は比例東京ブロックで議席を獲得できず比例復活もならなかった。

2019年5月、公明党は第49回衆議院議員総選挙において太田の立候補を見送り、新たに比例北関東ブロック岡本三成を擁立することを決定した。[1]

小選挙区選出議員編集

選挙結果編集

解散日:2017年9月28日 投票日:2017年(平成29年)10月22日
当日有権者数:460,263人 最終投票率:52.47%(前回比:-3.35ポイント)

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
太田昭宏72公明党112,597票
51.6%
――自由民主党推薦
池内沙織35日本共産党83,544票
38.3%
74.2%立憲民主党自由党社会民主党新社会党推薦
中村勝66議員報酬ゼロを実現する会21,892票
10.0%
19.4%

解散日:2014年11月21日 投票日:2014年(平成26年)12月14日
当日有権者数:398,205人 最終投票率:56.04%(前回比:-6.94ポイント)

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
太田昭宏69公明党88,499票
41.6%
――自由民主党推薦
比当池内沙織32日本共産党44,721票
21.0%
50.5%
青木愛49生活の党40,067票
18.9%
45.3%
田母神俊雄66次世代の党39,233票
18.5%
44.3%

解散日:2012年11月16日 投票日:2012年(平成24年)12月16日
当日有権者数:394,907人 最終投票率:62.98%(前回比:-6.08ポイント)

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
太田昭宏67公明党114,052票
51.4%
――自由民主党推薦
比当青木愛47日本未来の党56,432票
25.4%
49.5%新党大地
池内沙織30日本共産党41,934票
18.9%
36.8%
服部聖巳34幸福実現党9,359票
4.2%
8.2%

解散日:2009年7月21日 投票日:2009年(平成21年)8月30日
当日有権者数:393,158人 最終投票率:69.06%(前回比:+1.26ポイント)

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
青木愛44民主党118,753票
45.2%
――
太田昭宏63公明党108,679票
41.4%
91.5%
池内沙織26日本共産党31,475票
12.0%
26.5%
与国秀行33幸福実現党3,813票
1.5%
3.2%

解散日:2005年8月8日 投票日:2005年(平成17年)9月11日 最終投票率:67.80%

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
太田昭宏59公明党109,636票
43.2%
――
藤田幸久55民主党73,943票
29.1%
67.4%
八代英太68無所属44,279票
17.4%
40.4%×
野々山研42日本共産党26,068票
10.3%
23.8%

解散日:2003年10月10日 投票日:2003年(平成15年)11月9日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
太田昭宏58公明党98,700票
44.1%
――
比当藤田幸久53民主党95,110票
42.4%
96.4%
山岸光夫52日本共産党30,251票
13.5%
30.6%
  • 太田は第41回、第42回は比例単独で当選(第41回は新進党)。

解散日:2000年6月2日 投票日:2000年(平成12年)6月25日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
八代英太63自由民主党90,208票
40.7%
――
藤田幸久50民主党64,913票
29.3%
72.0%
山岸光夫49日本共産党45,482票
20.5%
50.4%
栗本慎一郎58自由連合20,902票
9.4%
23.2%
  • 藤田は第41回では比例単独で当選。

解散日:1996年9月27日 投票日:1996年(平成8年)10月20日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
八代英太59自由民主党61,461票
28.4%
――
沢たまき59新進党60,289票
27.9%
98.1%
飯田幸平69日本共産党45,858票
21.2%
74.6%
和田宗春52民主党38,785票
17.9%
63.1%
安田権寧41無所属5,501票
2.5%
9.0%×
富山栄子48新社会党4,456票
2.1%
7.3%

脚注・出典編集

関連項目編集