東原庠舎(とうげんしょうしゃ)は、江戸時代肥前国多久町(現在の佐賀県多久市)の領主多久氏によって設置された教育機関(邑校)。

元禄12年(1699年)、第4代多久邑主(佐賀藩重臣)多久茂文が肥前国多久町に設置した。武士の子弟のみならず、百姓町人らの子弟にも門戸を開放した点が当時の他藩の藩校と大きく異なる。「鶴山書院」も呼ばれる。志田林三郎、草場佩川、草場船山らを輩出した。

所在地編集

  • 〒846-0031 佐賀県多久市多久町1843番地3

義務教育学校編集

多久市では、市立小学校・中学校を改組し、市立義務教育学校を設置するに当たり、その校名を「多久市立東原庠舎〇〇校」とした。

関連項目編集

外部リンク編集