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東外海町(ひがしそとうみちょう)は、愛媛県南宇和郡1956年まで存在したである。昭和の合併により城辺町となり、さらに平成の合併により、現在は南宇和郡愛南町となっている。太平洋に面した漁業の町であった。

ひがしそとうみちょう
東外海町
廃止日 1956年9月21日
廃止理由 新設合併
東外海村、城辺町 → 城辺町
現在の自治体 愛南町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
南宇和郡
団体コード 制度なし
総人口 7,308
(1955年)
隣接自治体

南宇和郡城辺町一本松町

御荘町南内海村(いずれも現愛南町
高知県宿毛市(廃止時)
東外海町役場
所在地 愛媛県愛媛県南宇和郡東外海町大字深浦
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地理編集

愛媛県の最南端である南宇和郡のさらに南端にあたり、北は山により城辺町や一本松町と隔てられている。南を太平洋に面し黒潮の洗う海岸が連続している。古来より浦に集落が開け、カツオの一本釣りなどの漁業が盛んに営まれた。

深浦港は藩政期から漁港としてのみならず、近辺一帯の物資の集散地としても機能し商業が栄え、特に明治から昭和初期にかけては、沿岸航路も寄航した。今日でも、深浦港はカツオの水揚げ港として知られている。

歴史編集

古代 - 中世編集

藩政期

  • 藩政期には宇和島藩の領地であった。の塩漬けなどを産したとある。
    当地を含む地域一帯は藩政期には外海浦と呼ばれており、奥浦と総称される東外海と、鼻浦と称する西外海とからなっていた。

明治以降、東外海村の成立編集

  • 1879年(明治12年) - 外海浦が東外海村西外海村とに分立。東外海村が成立。役場を大字深浦におく。
    西外海浦は後に西海村を経て、西海町となる。
  • 1889年(明治22年)12月15日 - 町村制施行により東外海村(ひがしそとうみむら)が成立。
  • 1896年(明治29年)- 深浦港への南予運輸社の宇和島-宿毛-小筑紫航路の寄航始まる。
  • 1906年(明治39年)- 深浦港への大阪商船の寄航始まる。南予運輸との競合始まる。大正時代に沿岸航路が発達したが、太平洋戦争による船舶不足により、航路は順次廃止。
  • 1941年(昭和16年) - 深浦トンネル開通、城辺への陸上交通の便改善される。

東外海町

  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 町制施行、東外海町と称する。
  • 1953年(昭和28年) - 久良に灯台設置。
  • 1956年(昭和31年)9月21日 - 城辺町と合併し、自治体としての歴史を閉じた。
東外海町の系譜
(町村制実施以前の村) (明治期)         (昭和の合併) (平成の合併)
            町村制施行時
           昭和27年4月1日町制施行    昭和31年9月21日合併
東外海浦━━━━━━━━━━東外海村━━━━━━━━東外海町━┓
                               ┃
                       城辺町 ━━━━┻━━━━┓
                       内海村 ━━━━━━━━━┫平成16年10月1日
                       御荘町 ━━━━━━━━━┫ 新設合併
                       一本松町━━━━━━━━━╋━愛南町
                       西海町 ━━━━━━━━━┛

(注記)城辺町他の合併以前の系譜はそれぞれの町村の記事を参照のこと。

地域編集

東外海村成立時に12の大字を編成した。東外海町になってからも引き継がれた。

蓮乗寺(れんじょうじ)、脇本(わきもと)、中玉(なかたま)、大浜(おおはま)、柿ノ浦(かきのうら)、敦盛(あつもり)、岩水(いわみず)、垣内(かきうち)、深浦(ふかうら)、鯆越(いるかごえ)、古月(ふるつく)、久良(ひさよし)

蓮乗寺以外は南に太平洋を臨む純漁村。

城辺町への合併時に「大字」は廃止され、「字」になったが、12の字は継承された。平成の大合併により当町地域を含む南宇和郡一帯が愛南町となってからも継承されている。地名表記は、「城辺町」を「愛南町」に置き換えることで対応している。

例 城辺町敦盛 → 愛南町敦盛

交通編集

町内に鉄道はなく、現在に至る。

関連項目編集

外部リンク編集