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東急バス川崎営業所

川崎営業所

東急バス川崎営業所(とうきゅうバスかわさきえいぎょうしょ)は、神奈川県川崎市中原区小杉御殿町2-74にあり、同市幸区、中原区、高津区宮前区の一部の路線を管轄していた東急バスの営業所である。営業所の略号は「KA」を使用していたが、2文字となっているのは、略号を制定した当時都内に存在した駒沢営業所の「K」との重複を避けたためである。

2010年(平成22年)10月1日付けで、当営業所の管轄路線をすべて他営業所に移管の上で営業を終了した[1]

目次

沿革編集

川崎における東急バスの幕開けは昭和初期のことであり、2つの前身事業者による路線を挙げることができる。1つは、1933年(昭和8年)に旧・東京横浜電鉄が直営バス事業を再開するにあたり買収した溝ノ口乗合の路線で、川崎 - 溝ノ口間を府中街道経由で結ぶものである。もう1つは、玉川電気鉄道1932年(昭和7年)に個人事業者の八木哲より買収した路線で、丸子 - 新丸子駅 - 勝田間を中原街道経由で結ぶものと、溝ノ口 - 市ヶ尾 - 中山駅柿生駅間を大山街道経由で結ぶものであった。

川崎営業所は、1940年(昭和15年)6月12日の開設であるが、これは旧・東横電鉄が溝ノ口乗合を買収した際に設置した溝ノ口営業所を、玉川電鉄の吸収合併を経て新丸子に移転し、さらに現在の小杉御殿町に移転してできたものである。現在地への移転当初は小杉営業所と呼ばれており、大東急時代に旧京浜電気鉄道(現・京浜急行電鉄)から引き継いだ川崎営業所との兼ね合いで、現所名に改称された。

ちなみに、終戦直後まで神奈川県内の営業所は当営業所の他にやはり旧東横電鉄から引き継いだ「神奈川営業所」が横浜市に置かれていた。1947年(昭和22年)に神奈川営業所が休止されたため、以後1962年(昭和37年)に日吉営業所が開設されるまでの間、神奈川県内のほぼ全路線が川崎営業所に集約されていた。しかし、両市にまたがる大規模な路線網も、終戦直後は大半が休止状態であり、昭和20年代後半まではその復旧が優先された。復旧にあたって、京浜電鉄からの引き継ぎ路線だった川崎住宅線は事実上京浜急行には受け継がれず(同社は休止のまま引き継ぎ、そのまま廃止した。)、分離独立直後に京急グループ入りした川崎鶴見臨港バスが実質的に引き継いだ。この結果、東急バスは川崎市の国鉄東海道線以南から撤退した。

昭和30年代に入ると、多摩田園都市の建設事業が開始され、川崎市では野川・宮前地区において急速な人口増加が始まった。当時は東急田園都市線の開通前であり、人口定着化を図るため、主に武蔵小杉、溝の口を起点としてこれらの地区に向かうバス路線が先行投資的に新設されていった。なお、武蔵小杉における東急バスのターミナルは当初、工業都市(現・東横線小杉駅)にあったが、国鉄武蔵小杉駅前広場の整備に伴い、1959年(昭和34年)12月に小杉駅前に移り、発着路線のルート変更が行われている。

こうした中、1962年に日吉営業所、高津営業所が相次いで開設された。これにより、所管路線のうち日吉駅・綱島駅を起点に横浜市内を運行する9路線が日吉営業所に、主に溝の口から郊外へ向かう7路線が高津営業所に移管され、営業所の規模はほぼ現状のようになった。

その後も周辺営業所との所管路線調整が何度か行われているが、2006年(平成18年)3月には横浜市営バス43系統受け入れのため、玉突きによる路線移管が実施された。野川線と久末線を委託路線の受け持ち営業所である高津営業所に分離する(統合により野川久末線となる)一方、新城線を新羽営業所より受け入れたものである。なおこのとき、43系統自体は青葉台から虹ヶ丘に移管されており、虹ヶ丘からは空港リムジン路線が新羽へ移管されている。

2008年(平成20年)5月28日に、全ての担当路線でPASMOが導入された。

2010年(平成22年)10月1日、同営業所は全ての路線を他営業所に移管し、その営業を終えた。同日に停留所名は「小杉折返所」に変更され、川32・鷺02系統(一部)などのバスの始発・終着機能を維持していたが、2011年(平成23年)7月1日にはこれも終了し、「小杉御殿町二丁目」へ再改称された[2]。同営業所の跡地はコスモスイニシア阪急不動産によるマンション建設が進められ[3]、7階建ての「ジオ・イニシア武蔵小杉」が2012年(平成24年)9月に竣工した[4]

廃止時の所管路線編集

川崎線編集

 
「土手回り」と「遠藤町経由」
  • 川31:川崎駅西口北 - 東芝前 - 下平間 - 東横線小杉駅 - 川崎営業所 - 宮内 - 下野毛 - 高津駅 - 溝の口駅
  • 川31:川崎駅西口北→東芝前→下平間→東横線小杉駅→小杉駅→川崎営業所→宮内→下野毛→高津駅→溝の口駅
  • 川32:川崎駅西口北 - 東芝前 - 下平間 - 東横線小杉駅 - 川崎営業所
  • 川33:川崎駅西口北 - 東芝前 - 下平間 - 東横線小杉駅 - 市民ミュージアム
  • 直行:川崎駅西口北 - 東芝前 - 東芝小向工場(川崎駅西口北方向の際、ソリッドスクエア前も含む)

川崎線は、旧・東京横浜電鉄がバス事業を再開するにあたって1933年に溝ノ口乗合自動車より譲り受けた路線を起源に持つ古い路線である。主に府中街道を走り、小杉・高津経由で溝の口に至るが、川31系統は全体の2割ほどしかなく、多くは川32系統や川33系統の折り返し便である。その分、小杉より北では後述する小杉線が運行されている。平日・土曜夜間と、日祝の早朝夜間は川31系統は小杉駅へ入ってから溝の口駅方向へ向かう。

直行・東芝系統は通勤時間帯は頻発で運行されるが日中時間帯は1時間に1 - 2本ほどである(稀に臨時ダイヤで運行の場合有)。現在の運行形態となったのは1999年(平成11年)のことであるが、東芝への輸送も歴史が長く、東芝通信部門の前身・東京電気が小向工場を発足させた直後の1940年の路線案内にはすでに川崎駅 - 無線前系統の記載がある。

この路線には、その東芝系統を除き、「土手廻り」との呼称がある。これは、ソリッドスクエア(前) - 妙光寺(前)付近で多摩川の土手沿いを走ることを示すものだが、以前はこのほかにも「幸町廻り」、「新道廻り」と呼ばれる便があった。「幸町廻り」は、明治製菓前(現・ソリッドスクエア前) - 下平間間で中幸町・御幸警察署前(現・幸警察署前)・正教寺前・御幸小学校前・小向交番前(2007年3月31日より東芝科学館前)を経由するものであり、「新道廻り」は、同区間で中幸町・御幸警察署前・正教寺前・御幸小学校前・小向西町を経由するものであった。また同じく川崎駅を発着する都内荏原営業所の反01は河原町団地前 - 東芝科学館前を別経路(遠藤町・御幸小学校前・戸手一丁目を経由)で運行するので「遠藤町経由」と呼称されており、東芝系統も反01と同じ経路で運行している。

2007年(平成19年)4月1日に乗り場が東口から「西口北」バスターミナルに変更された。これにより、東急バスは川崎市川崎区から完全に撤退した。さらに同年9月30日限りで川32:川崎駅西口北 - 東芝小向工場の系統が廃止された(上記の直行・東芝系統とは異なる)。そして川崎営業所の廃止に伴い、2010年(平成22年)10月1日付けで高津営業所に移管、同時に東急トランセ管理委託路線となった。

鷺沼線編集

  • 鷺02:鷺沼駅 - 中有馬 - 有馬第二団地前 - 稲荷坂 - 南野川 - 久末 - 野川 - 千年 - 中原/中原駅前 - 小杉駅前(東山田営業所→高津営業所と共管、川崎市バス溝口営業所→井田営業所と共同運行)
  • 鷺02:鷺沼駅 - 中有馬 - 有馬第二団地前 - 稲荷坂 - 南野川 - 久末 - 野川 - 千年 - 新城駅前(東山田営業所→高津営業所と共管、川崎市バス溝口営業所→井田営業所と共同運行)
  • 鷺02:鷺沼駅 - 中有馬 - 有馬第二団地前 - 稲荷坂 - 南野川 - 久末 - 野川 - 千年 - 中原/中原駅前 - 川崎営業所
  • 鷺02:鷺沼駅 - 中有馬 - 有馬第二団地前 - 稲荷坂 - 南野川 - 久末 - 野川(東山田営業所→高津営業所と共管、川崎市バス溝口営業所→井田営業所と共同運行)
  • 鷺02:鷺沼駅 - 中有馬 - 有馬第二団地前 - 稲荷坂 - 南野川 - 久末
年表
  • 1959年(昭和34年)9月7日:有馬線、荏田 - 有馬根 - 工業都市(現・東横線小杉駅)を開通。
  • 1959年12月15日:荏田 - 小杉駅に変更。
  • 1966年(昭和41年)4月1日:東急田園都市線開通に伴い、鷺沼駅 - 小杉駅となる。
  • 1974年(昭和49年)12月16日:鷺沼駅 - 新城駅を開設。
  • 1993年(平成5年)11月1日:高津営業所から東山田営業所に移管。
  • 2003年(平成15年)3月19日:一部の便を除き、川崎営業所の担当となる。
  • 2008年(平成20年)3月30日:東山田営業所担当便を高津営業所に移管し、高津・川崎の共管路線となる。これにより鷺02系統は一部の便であるが15年ぶりに高津営業所の担当が復活した。
  • 2010年(平成22年)10月1日:川崎営業所の廃止に伴い、高津営業所担当分も併せ東山田営業所に移管。

高津営業所と共管、川崎市バスと共同運行し、東急バス・市バス共通定期券(小杉駅・新城駅 - 鷺沼駅)を取り扱うが、小杉駅の乗り場は両者で異なるので注意を要する。鷺沼駅 - 久末間の利用客が多い。全体的に渋滞の多い道路を走行するため、ラッシュ時は新城駅発着便が運行されるほか、鷺沼口の区間運行も多数見られる。

当初は高津営業所の担当だったが、東山田や川崎、高津の間での幾度の移管を経て2010年10月1日に東山田営業所の単独担当に落ち着く。川崎市バス側も当初は井田営業所が担当し、後に菅生営業所相模神奈交バスに委託)へ移管、現在は両者の共管で運行している。

営業所廃止前に移管・廃止された路線編集

下丸子線編集

1957年(昭和32年)に蒲田駅と下丸子折返所の間で開通、当時は東京都内の池上営業所が担当した。1960年(昭和35年)、ガス橋が人車共用の新しい橋に架け替えられたのを受けてガス橋を渡り、小杉駅まで延長される。1962年(昭和37年)の日吉営業所開業時に、規模的余裕のできた川崎へ移管された。

三菱日本重工東京製作所(現・三菱ふそうトラック・バス川崎製作所)と丸子工場の両方に近接したエリアを通る通勤路線として重宝されたが、1974年(昭和49年)に廃止となり、下丸子と川崎市内を結ぶ役割は平間線が代わって担うこととなる。

現在、東京都大田区下丸子矢口地区の多摩堤通りの一部区間は池上営業所の下丸子循環線(たまちゃんバス)が運行されている。

平間線編集

  • (系統番号なし→)川65:川崎駅 - 中幸町 - 正教寺前 - 小向交番前 - 下平間 - 平間銀座 - ガス橋 - 下丸子折返場

前述の下丸子線と、平成中期まで存在した旧日吉営業所の鹿島田線、川崎市バスの川71系統を下平間を軸に組み合わせたような路線。

下丸子線に遅れること約3年、1963年(昭和38年)に平間駅で分かれて蒲田と日吉駅を結ぶ新系統が開通した。その後、昭和40年代に入って下丸子折返場発でやはり平間地区で分かれ小向・川崎駅方面に向かう路線が作られる。川崎市内からキヤノン本社工場、三菱重工(現・三菱自動車工業)丸子工場への通勤、逆に大田区内から東芝小向工場への通勤輸送を狙ったものだった。

東京直通路線として1972年(昭和47年)に川65の系統番号が与えられたが、1978年(昭和53年)の路線再編成により同年12月19日限りで鹿島田線に吸収され廃止となった。これによりガス橋を渡るバス路線は消滅、川崎営業所も東京都大田区から撤退した。

その後、鹿島田線も日吉から東山田への移転に伴う新羽営業所への移管を経て1997年(平成9年)2月15日限りで廃止、一部区間が駒岡線に編入され、現在も日吉駅 - 越路間を日94系統として新羽営業所が運行している。さらに鹿島田線には川54という系統番号があり、現在も運行されている川崎鶴見臨港バス江ヶ崎線(川崎駅西口 - 北加瀬 - 元住吉)も川54系統として運行されており、全く関係の無い別々の路線で同一の系統番号が使用されている状態になっていた上、越路‐三菱自動車前(現在の三菱ふそう前)間で並走していたが、鹿島田線の廃止により系統番号の重複は解消された。

野川線編集

  • 杉08 :小杉駅前 - 中原駅前/中原 - 千年 - 野川 - 宮崎小学校 - 鷺沼駅
  • 鷺06 :鷺沼駅 - 宮崎小学校 - 野川台
  • 杉09 : 小杉駅前 - 中原駅前/中原 - 千年 - 野川 - 野川台公園前
  • 杉09 : 中原駅前 - 千年 - 野川 - 野川台公園前

もとは小杉駅と鷺沼駅を結ぶ路線で、1920年代の八木商会以来の系譜を持つ管内で最も古い路線だったが、1981年(昭和56年)6月23日に鷺06と杉09の2系統に分割される。その後鷺06は2003年(平成15年)3月15日に高津営業所の梶が谷線梶01(梶が谷駅 - 野川台)に統合、梶が谷鷺沼線梶01(梶が谷駅 - 野川台 - 鷺沼駅)として高津営業所の管轄となる。その後2005年(平成17年)7月16日の東急トランセ委託化を経て2009年(平成21年)4月1日にトランセ委託を解除、虹が丘営業所へ移管となった。

一方の杉09も久末線杉06とともに新城線の移管に伴う玉突きで2007年(平成19年)7月1日に東急トランセ委託の上高津営業所へ移管、両路線を統合して野川久末線となる。さらに2010年5月1日付でトランセ委託を解除、東山田営業所へ再移管されている。

久末線編集

1920年代の八木商会以来の系譜を持つ管内で最も古い路線だったが、新城線の移管に伴う玉突きにより、2007年(平成19年)7月1日付で東急トランセ委託の上、高津営業所へ移管、野川線杉09と統合のうえ野川久末線となる。さらに2010年5月1日付でトランセ委託を解除、東山田営業所へ再移管され現在に至る。

小杉線編集

  • 溝02:溝の口駅 - 高津駅 - 下野毛 - 宮内 - 川崎営業所 - 小杉駅
  • 溝03:溝の口駅→高津駅→下野毛→宮内→新丸子駅西口→小杉駅
  • 番号なし:小杉駅→中原駅前→中新城→新城駅前→溝の口駅
  • 直行:小杉駅 - 等々力グランド

2010年(平成22年)5月1日、東急トランセ委託の上高津営業所へ移管(川崎営業所への出入系統は川崎所管)。

新城線編集

  • 城01:新城駅前 - 千年 - 子母口住宅前 - 蟹ヶ谷 - 下田町 - 高田駅 - 綱島駅
  • 城01:綱島駅 - 高田駅 - 下田町 - 蟹ヶ谷 - 子母口住宅前(出入庫系統)
  • 城01:新城駅前 - 千年 - 子母口住宅前 - 蟹ヶ谷(出入庫系統)

1957年(昭和32年)営業開始。1966年(昭和41年)以来新羽営業所の担当だったが、虹が丘営業所所管だったたまプラーザ空港線、新百合空港線、新百合成田空港線、たまプラーザTDR線の新羽移管に伴う玉突きにより、2006年(平成18年)3月16日付けで移管されてきた。閉鎖を目前にした2010年(平成22年)7月1日付で新羽営業所へ戻され、現在に至る。

さくらが丘線編集

 
川崎営業所時代の専用色車。現在は一般色に塗装されている(リエッセ)
  • 日23:日吉駅 - 井田坂 - さくらが丘
    • 2003年9月3日:日吉駅 - さくらが丘を開通。
    • 2006年9月16日:朝ラッシュ時を除き日吉矢上停留所に停車。
    • 2008年3月30日:川崎営業所から東山田営業所に移管。

横浜市港北区の日吉駅から新日鐵跡地のIsaac(アイザック)日吉のアクセスと井田病院への日吉駅からのアクセス向上のために2003年9月3日に開設された。さくらが丘入口 - さくらが丘間はフリー乗降制になっており、自宅前で降りられ、かつこの区間からさくらが丘を通り越しての乗車も可能である。日吉駅 - 日吉町間は日21,22系統と併走するものの、その間の停留所は通過となっていたが、2006年9月16日のダイヤ改正で朝ラッシュ時を除き日吉矢上停留所に停車するようになった。運賃区間は日吉駅 - 井田坂間は横浜市内、井田坂 - さくらが丘は川崎市内の扱いとなるが、横浜市発行の敬老乗車証などは日吉駅 - さくらが丘入口間で利用可能である。

超狭隘路を走行するため、小型バスを使用して運行される。

車両編集

一般路線車編集

本営業所には日産ディーゼル工業(現「UDトラックス」。以下UD)製およびいすゞ製が在籍していた。ノンステップ車の割合は4割 - 5割ほど。LED式行先表示機については、新車及び車体更新車のみの装備にとどめられていて、このため新城線の移管時においては、一度消滅した方向幕表示が復活することとなったが、一部を除き2006年12月までに装備を完了した。なお、かつて在籍していたUD製のKA1511 - 1515は、社番と登録番号の数字部分が一致していたが、これは東急バスでは唯一の例であった[5]

2006年度の新車はKA725の1台のみとなったが、これは新城線の移管と同時に新羽営業所から1600 - 1800番台の5台ほどが転属して1300番台の置き換えに充てたためである。一部の車両にタコグラフが装着されていた。

脚注編集

  1. ^ 川崎営業所の営業終了について
  2. ^ 武蔵小杉ライフブログ 2012年11月6日付「東急バス川崎営業所跡地「ジオ・イニシア武蔵小杉」による府中街道の歩道整備
  3. ^ 川崎市ホームページ2013年4月12日付 川崎市建築物環境配慮制度(CASBEE川崎) 2011年度(平成23年度)受付分 「11008 ジオ・イニシア武蔵小杉
  4. ^ 東急建設株式会社災害防止協力会 会報「みどり」120号竣工しました (PDF) 18ページ、2013年2月号
  5. ^ その後、2015年度には虹が丘営業所に配置された三菱ふそう製のNJ1574 - 1576が同様に社番と登録番号の数字部分が一致し、さらに2016年度には高津営業所のいすゞ製TA1646~1648号車も同様に社番と登録番号の数字部分が一致することになる。