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東明 大貴(とうめい だいき、1989年6月15日 - )は、オリックス・バファローズに所属する岐阜県岐阜市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

東明 大貴
オリックス・バファローズ #26
Daiki Toumei20190715.jpg
2019年7月15日 ヤクルト戸田球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県岐阜市
生年月日 (1989-06-15) 1989年6月15日(30歳)
身長
体重
178 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 ドラフト2位
初出場 2014年3月29日
年俸 2,300万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴編集

プロ入り前編集

小学生時代に地元の厚見スポーツ少年団に所属したが、チームは6年間に3回しか勝てなかった。厚見中学校で軟式野球部に所属した後に、富田高へ進学。1年の秋からエースになったが、高校時代は地方大会で一度も初戦を突破できなかった。

一般入試で桐蔭横浜大学へ進学すると、神奈川大学野球のリーグ戦に1年時の春から登板。後に球速を大きく伸ばすなどの急成長を遂げたことから、同年の秋季リーグ戦では、ベストプレーヤー賞を受賞した。2年時の春には、チームをリーグ戦初優勝と全日本大学野球選手権大会への進出に導きながら、故障のため選手権大会では登板の機会はなかった。3年時の春には、リーグMVPと最優秀投手賞を獲得するほどの活躍で、前年に続いてチームのリーグ優勝と選手権大会出場に貢献。選手権大会では、愛知学院大学との1回戦で浦野博司慶應義塾大学との2回戦で福谷浩司と投手戦を展開した。2回戦では7回1死まで慶応大学打線を無安打に抑えていたが、終盤に勝利を逃している。4年時の秋には、2度目のリーグMVPを獲得。東海大学との明治神宮大会代表決定戦で菅野智之との投げ合いを制したが、同大会では初戦敗退を喫した。

桐蔭横浜大学への在学中には、リーグ戦52試合に登板。通算投球イニング371回2/3、30勝11敗、234奪三振、防御率1.86を記録したほか、ベストナインに4回選ばれた。このような実績を背景に、4年生だった2011年の秋には、プロ志望届日本学生野球協会へ提出。しかし、その年のNPBドラフト会議でどの球団からも指名されなかったため、卒業後に富士重工業へ入社した。

富士重工業では、入社1年目の第83回都市対抗野球大会予選でMVPを受賞。チームを北関東第1代表として本大会の出場に導いたほか、本大会でも登板した。NPBドラフト会議での指名対象期間に再び入った2年目の2011年には、JABA静岡大会でチームの準優勝に貢献するとともに、敢闘賞を受賞。チームは2年連続の都市対抗野球本大会出場を逃したものの、夏場からコーチに復帰した阿部次男の下で急成長を遂げたことを背景に、日立製作所の補強選手として本大会に参加した。結局、その年のNPBドラフト会議で、オリックス・バファローズから2巡目で指名。契約金8,000万円、年俸1,200万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は26

なお、オリックスからの指名の直後には、富士重工業の投手として第39回社会人野球日本選手権大会に出場。JR九州との1回戦と三菱重工広島との準決勝で完封勝ちを収めたほか、チームが0 - 1というスコアで惜敗したかずさマジックとの決勝でも救援登板で無失点に抑えるなど、通算投球イニング20回2/3で1点も失わなかった[2]

オリックス時代編集

2014年、同期入団の吉田一将大山暁史とともに、春季キャンプから一軍に帯同[3]。オープン戦でも好投を続けた結果、救援要員として、大山と共に開幕を一軍で迎えた。オリックスで複数の新人投手が開幕一軍入りを果たしたのは、2004年歌藤達夫野村宏之以来10年振りであった[4]。3月28日に、北海道日本ハムファイターズとの開幕戦(札幌ドーム)で、同点の延長12回裏に7番手投手として公式戦にデビュー。打者2人に1被安打1与四球で満塁のピンチを招いた末に、小谷野栄一にサヨナラ安打を許したため、チームは2年連続開幕戦でサヨナラ負け(2リーグ分立後のNPB史上初の記録)を喫した[5]。一軍5試合目の登板であった4月17日の対日本ハム戦(ほっともっとフィールド神戸)では、4回表から6回表までの救援によって、プロ入り初勝利を挙げた[6]。ちなみに当日は、又吉克樹中日ドラゴンズ)と豊田拓矢埼玉西武ライオンズ)も一軍公式戦でプロ初勝利を記録。NPBの一軍公式戦で、3人の新人投手が同じ日に初勝利を挙げた事例は59年振りであった[7]。なお、東明自身は、5月下旬から先発要員に転向[8]阪神甲子園球場での人生初登板になった6月7日の対阪神タイガース戦で、先発初勝利を挙げている[9]。一軍公式戦では、7月に5敗を喫した一方で、8月に先発登板3試合で3勝を記録。シーズン通算では、同期の吉田一将と並んで5勝を挙げた。

2015年、公式戦の開幕直後から、一軍先発陣の一角に定着した。前半戦は体調不良などの影響で3勝にとどまった[10]が、8月中旬から4連勝[11]。9月9日の対西武戦(西武プリンスドーム)では、プロ入り後初の10勝目を被安打2のプロ初完投・初完封勝利で記録する[12]とともに、連勝を5に伸ばした。結局、シーズン通算では10勝8敗、防御率3.35という成績を残した。

2016年、一軍公式戦へのシーズン初登板であった3月30日の対日本ハム戦(札幌ドーム)に、先発投手としてシーズン初勝利を挙げた[13]。以降の登板では、「四球から失点を招く」というパターンで勝ち星を上乗せできず、前半戦だけで7敗を喫した[14]。シーズン中には、中継ぎ要員への転向や二軍での調整[15]を経験。8月9日の対福岡ソフトバンクホークス戦(京セラドーム大阪)では、先発投手・西勇輝の故障による緊急降板を受けての救援ながら、3回を無失点に抑えてプロ初ホールドを記録した[16]。後に西の戦線離脱で先発要員に復帰した[17]が、前述のパターンを脱するまでに至らず、一軍監督の福良淳一からは再三にわたって「負ける投手の典型」との苦言を呈された[18]。一軍公式戦では前述の1勝を挙げた後に、10連敗でシーズンを終了[19]。終了後の11月8日に、右肘関節のクリーニング手術を受けた[20]

2017年、一軍公式戦3試合に登板しただけで、勝敗は付かなかった。シーズン中の8月25日に右肘のクリーニング手術を再び受けて[21]からは、実戦に復帰せずリハビリに専念した。

2018年、シーズン中盤まで二軍で調整[22]。調整中に登板したウエスタン・リーグ公式戦では、20試合で1勝6敗と白星に見放されていた。一軍公式戦には7試合に登板。4試合目の登板であった9月12日の対西武戦(ほっともっとフィールド神戸)で、一軍公式戦としては前述した2016年の初登板以来2年半振りの白星を挙げるとともに、同年4月から続いていた自身の連敗を12で食い止めた[23]。シーズン最終登板であった9月28日の対日本ハム戦(京セラドーム)では、1 - 2という僅差のスコアで黒星が付いたものの、前年の手術後最も多い107球で7回2失点と好投。シーズン通算の防御率を2.27にとどめた[24]

2019年、3年振りに開幕一軍入りを果たすと、3月30日に日本ハムとの開幕カード第2戦(札幌ドーム)に先発。前年までのチームメイトで、「自主トレーニングなどでお世話になった」という金子弌大と公式戦で初めて投げ合った[25]が、両者とも勝敗が付かず引き分けに終わった。4月下旬までは4試合の先発登板で1勝を挙げたものの、5月からは二軍で調整。7月上旬に救援要員として一軍へ復帰してからは、3試合に登板しただけで、4年ぶりのシーズン2勝達成までには至らなかった。

選手としての特徴編集

富士重工業時代に最速で153km/hを計測していたストレート[26]と、カーブスライダーチェンジアップフォークなどの変化球が持ち味で、カーブとスライダーへの評価が特に高い[27]

投球フォームはスリークォーターで、テイクバックの際に右腕が大きく背中の後ろに入ることから、打者には球の出所が見えにくくなっている[28]

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2014 オリックス 26 16 0 0 0 5 7 0 0 .417 437 99.2 93 11 45 1 4 80 2 0 44 42 3.79 1.38
2015 25 25 2 1 0 10 8 0 0 .556 663 161.1 148 16 41 2 5 118 3 1 61 60 3.35 1.17
2016 24 19 0 0 0 1 10 0 1 .091 567 122.0 157 13 54 2 3 100 5 0 70 67 4.94 1.73
2017 3 3 0 0 0 0 0 0 0 ---- 57 13.0 13 2 5 0 0 5 0 0 6 6 4.15 1.38
2018 7 7 0 0 0 1 4 0 0 .200 153 39.2 35 1 3 0 1 24 0 0 10 10 2.27 0.96
2019 7 4 0 0 0 1 1 0 0 .500 91 19.0 20 5 16 0 1 9 0 0 15 15 7.11 1.89
NPB:6年 92 74 2 1 0 18 30 0 1 .375 1968 454.2 466 48 164 5 14 336 10 1 206 200 3.96 1.39
  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績編集



投手












2014 オリックス 26 6 19 0 1 1.000
2015 25 6 20 2 0 .929
2016 24 7 18 0 2 1.000
2017 3 1 2 0 0 1.000
2018 7 0 3 1 0 .750
2019 7 0 4 0 1 1.000
通算 92 20 66 3 4 .966
  • 2019年度シーズン終了時

記録編集

投手記録
打撃記録

背番号編集

  • 26 (2014年 - )

登場曲編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 小谷野栄一からサヨナラ安打を打たれる。

出典編集

  1. ^ オリックス - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年12月11日閲覧。
  2. ^ オリックス2位東明、無失点も涙/社会人野球(『日刊スポーツ2013年11月8日付記事)
  3. ^ 【オリックス】吉田一将「イメージ通り」ニッカンスポーツ2014年1月25日配信
  4. ^ オリックス新人投手の東明と大山が開幕1軍入りニッカンスポーツ2014年3月25日配信
  5. ^ オリックス 開幕戦2年連続サヨナラ負け 2リーグ制後初の屈辱スポーツニッポン2014年3月29日配信
  6. ^ オリックス新人東明が5度目登板でプロ初勝利ニッカンスポーツ2014年4月17日配信
  7. ^ 59年ぶり大記録 新人3投手同時初勝利日刊スポーツ2014年4月18日配信
  8. ^ オリックス東明、初先発は4回途中3失点日刊スポーツ2014年5月22日配信
  9. ^ オリ東明、憧れの初甲子園で2勝目ニッカンスポーツ2014年5月29日配信)
  10. ^ オリックス東明復帰3勝目「攻めの投球できた」日刊スポーツ2015年7月9日配信
  11. ^ オリックス東明、自身4連勝でプロ初2桁勝利に王手日刊スポーツ2015年9月3日配信
  12. ^ オリックス東明「割り切って」プロ初完封&初10勝日刊スポーツ2015年9月9日配信
  13. ^ オリックス東明福良監督、先発東明に「粘ってくれた」日刊スポーツ2016年3月31日配信
  14. ^ オリックス東明7敗目「立ち上がりがすべて」日刊スポーツ2016年7月6日配信
  15. ^ オリックス 山﨑福、東明ら4選手を抹消日刊スポーツ2016年5月12日配信
  16. ^ 福良監督「よく頑張った」3回無失点の東明称賛日刊スポーツ2016年8月9日配信
  17. ^ オリックス東明が先発復帰 まだ1勝、早く2勝目を日刊スポーツ2016年8月16日配信
  18. ^ 福良監督、東明の失点は同じ「負ける投手の典型」日刊スポーツ2016年8月24日配信
  19. ^ オリックス痛い2押し出し 今日敗れれば単独最下位日刊スポーツ2016年9月27日配信
  20. ^ オリックス東明が右肘関節クリーニング手術日刊スポーツ2016年11月8日配信
  21. ^ オリックス東明大貴きょう右肘手術 今季の登板絶望日刊スポーツ2017年9月13日配信
  22. ^ オリックス・東明 「野球が好き」だから耐えられる。着実に歩み続ける復活への道スポーツニッポン2018年7月11日配信
  23. ^ オリックス快勝 東明今季初勝利 ロメロ&吉田正2者連続弾スポーツニッポン2018年9月12日配信
  24. ^ オリックス東明 光明107球7回2失点 右肘手術後最多スポーツニッポン2018年9月28日配信
  25. ^ オリックス東明「お世話に」金子へ恩返しの快投誓う日刊スポーツ2019年3月26日配信
  26. ^ 【オリックス2位】東明大貴 うなる153キロ救援もいけるスポーツニッポン2013年10月24日配信
  27. ^ 東明大貴[富士重工業]” (日本語). 週刊ベースボールONLINE. 2019年2月1日閲覧。
  28. ^ 全国・金の卵 探訪シリーズ 来年の「則本昂大」「ライアン小川」を指名する(フライデー)”. 現代ビジネス. 2019年2月2日閲覧。
  29. ^ オリックス東明、初先発は4回途中3失点(『日刊スポーツ』2014年5月21日付記事)

関連項目編集

外部リンク編集