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松下 清景(まつした きよかげ、天文14年(1545年) - 慶長2年5月19日1597年7月3日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将徳川氏家臣。後に井伊氏家老を務めた。通称は源太郎、源左衛門。墓は上州群馬郡(高崎市箕郷町)龍門寺葬。法名は本光院心月不染居士。官位は従五位下、豊前守。

概要編集

松下連昌の長男。松下常慶は弟である。松下之綱の義兄弟。

天正2年(1574年)、井伊直政の母奥山ひよと再婚し、直政の継父となる。直政が徳川家臣として頭角を現し、箕輪城城主となるとそれにつき従い、慶長2年(1597年)に城下の屋敷で死去した。中野直之の次男の松下一定を養子として跡を継がせており、松下家は井伊兵部少輔家(与板藩)の重臣として続いた。

登場する作品編集

参考文献編集

  • 上田正昭他『日本人名大辞典』(講談社、2001年)
  • 『三百藩家臣人名事典4』(新人物往来社、1988年)
  • 小宮山敏和「井伊直政家臣団の形成と徳川家中での地位」・「近世初期における譜代大名〈家中〉の成立」『譜代大名の創出と幕藩体制』(吉川弘文館、2015年) ISBN 978-4-642-03468-5
  • 松下家家譜(冨永公文 蔵)