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松尾 一(まつお はじめ、1972年9月26日 - )は、兵庫県尼崎市出身[1]サッカー審判員プロフェッショナルレフェリー、元国際審判員)である。

松尾 一
個人情報
誕生日 (1972-09-26) 1972年9月26日(46歳)
出身地 日本の旗 日本
兵庫県尼崎市
他職業プロフェッショナルレフェリー
国内
リーグ 役割
2004- Jリーグ 審判員
国際
リーグ 役割
2005 FIFA認定 審判員
2007-2010 FIFA認定 審判員

目次

来歴編集

茨木南中[2]茨木東高校卒業後、大阪電気通信大学在学中、関西学連から“第1回レフェリースクール”に誘われ、審判の道を目指し始める[3]1997年に1級審判員登録。2004年からはJ1リーグの主審として活動している。

2005年に国際主審に登録されたが、大陸間プレーオフで第4審を担当した際、主審の吉田寿光をサポートできず、PKの誤審を招き、2006年に一度国際主審を外れた。しかし、2007年より再び国際主審として活動することになった[2]。2011年、再び国際主審を外れ、代わりに山本雄大が国際主審となった。2008年から、スペシャルレフェリー(SR、現プロフェッショナルレフェリー:PR)となる[1]

プロ審判になる前は幼稚園教諭と並行しながら審判活動を行っていたという[4]

議論を呼んだ判定編集

2019年7月13日に行われたJ1第19節・横浜F・マリノスvs浦和レッズ日産スタジアム)戦で主審を務めた際、後半14分の横浜FM遠藤渓太のクロスからゴール前にいた横浜FM仲川輝人と浦和MF宇賀神友弥が絡みながらボールがゴールに吸い込まれる。このとき、松尾は副審の田尻智計からの連絡により仲川がオフサイドの位置にいたことは把握できていたが、仲川と宇賀神のどちらに当たってゴールしたかは松尾をはじめとした審判団全員が目視で確認できなかったため「ボールがゴールに入った」という事実を基に得点を認めた。その後、もう一人の副審の相樂亨が第四審の大坪博和に指示して運営担当者に「得点者は誰か」と確認させ、「仲川の得点」であることを松尾に伝える(この時点で相樂は運営担当者に確認した情報であることは伝えなかった)と、松尾は一旦は仲川のオフサイドによりゴール取り消しの判断を下す。しかし、相楽と大坪が運営担当者に確認してそのことを判断したことが判ると、松尾はサッカー競技規則に照らして「審判団以外の情報で(反則か否かを)判断してはいけない」と再度当初の判定に戻し「(仲川の)ゴール」としたため、大きな混乱を生じた。さらに、この経緯について松尾が両チームに説明する際、得点者の情報について「自分では決められない。運営が決めること」と発言したことが、選手サイドには運営がジャッジを決めているかのような発言に捉えられたため、さらなる混乱を招いた[5]

この一連の騒動に関して、日本サッカー協会審判委員会は2019年7月17日、松尾に対して1ヶ月の試合割り当て停止処分、判定の根拠として外部の情報を取りにいった相楽と大坪に対して1ヶ月の資格停止処分、また田尻にも1試合の試合割り当て停止処分を下した[6]

外部リンク編集

脚注編集