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松浦 卓造(まつうら たくぞう、1915年1月22日 - 1977年3月11日)は、将棋棋士。八段。神田辰之助門下。広島県三原市出身。

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人物編集

入門は遅く、1942年に神田辰之助門下に入門。1944年に四段に昇段。戦後の1946年順位戦C級クラスに参加し、以後トントン拍子にA級へ昇級。晩年は病気のために休場する事がしばしばあり、最後は順位戦B級2組を欠場して現役のまま1977年に逝去。

左美濃戦法(天守閣美濃)の創始者である。

松浦といえば酒、ケンカに本間爽悦[1]のような体格に一番の趣味がケンカ。いっぺん熊と勝負したいと吹いていた[1]。昼間に茶碗で濃いお茶を飲んでいると思ったらウイスキーをガブ飲み。東京に出てきて新宿二丁目のボッタクリバー連れ込まれ高額を請求されたが、二人のホステスを片手ずつ持ち上げ顔と顔とをガチンコさせた。「あの女達はしばらく使いもんにならんかったじゃろう」と言っていたという[1]

昇段履歴編集

  • 1942年 入門
  • 1944年 四段
  • 1947年5月10日 六段へ跳び昇段(順位戦C級西)
  • 1948年4月1日 七段(順位戦B級1組昇級)
  • 1954年4月1日 八段(順位戦A級昇級)
  • 1977年3月11日 逝去

成績編集

  • 順位戦A級在籍 3期

脚注編集

  1. ^ a b c 「名勝負今昔物語 米長邦雄」週刊現代、2011年6月11日号 p137

関連項目編集