松浦市立御厨小学校

松浦市立御厨小学校(まつうらしりつ みくりやしょうがっこう、Matsuura City Mikuriya Elementary School)は、長崎県松浦市御厨町前田免にある公立小学校

松浦市立御厨小学校
過去の名称 公立初等御厨小学校
公立中等御厨小学校
簡易御厨小学校
尋常御厨小学校
御厨尋常小学校
御厨尋常高等小学校
新御厨町御厨国民学校
新御厨町立御厨小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 松浦市
併合学校 御厨清水小学校
御厨浦小学校
松浦市立田代小学校
松浦市立大崎小学校
設立年月日 1874年(明治7年)10月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 859-4756
長崎県松浦市御厨町前田免10番地
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目次

概要編集

歴史
1874年明治7年)に創立。2014年(平成26年)には創立140周年を迎えた。
校章
校歌
田代小学校と大崎小学校を統合した2014年(平成26年)4月に新校歌を制定。作詞は縣恒則、作曲は古本鉄也による[1]
校区
「長崎県松浦市御厨町」全域。中学校区は松浦市立御厨中学校[2]

沿革編集

御厨小学校
  • 1884年(明治7年)10月1日 - 第五大学区長崎県管下第四中学区[3]松浦郡の小学校として「御厨清水小学校」が太久馬川庄屋跡に設置される。浅野道太郎を訓導(後の教諭)とし、児童数は40名程度であった。
  • 1878年(明治11年)
    • 郡制の施行により、北松浦郡に属することとなる。
    • 高島六左衛門宅に「御厨浦小学校」が設置される。
  • 1881年(明治14年)- 御厨清水小学校と御厨浦小学校の2校が統合され、「御厨小学校」となる。
  • 1883年(明治16年)6月 -中等科を設置し、「公立中等御厨小学校」に改称。
  • 1886年(明治19年)
    • 4月 - 小学校令の施行により、簡易科を設置の上「簡易御厨小学校」に改称。
    • 11月15日 - 志佐村浦免に「長崎県第十六高等小学校」が設置される。北松浦郡の中の11村を学区とする。
  • 1887年(明治20年)- 志佐町無量寺跡の寺屋が長崎県第十六高等小学校の仮校舎となる。また高等小学校の寄宿舎が設置される。
    • 高等小学校の学区は広く、通学困難な児童を対象に寄宿舎が設置された。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、簡易御厨小学校が御厨村立の小学校となる。
  • 1890年(明治23年)- 長崎県第十六高等小学校の新校舎が完成。
  • 1888年(明治21年)8月 - 尋常科を設置し「尋常御厨小学校」に改称。補習科を併設。
  • 1892年(明治25年)4月 - 「御厨尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変わる)。
  • 1893年(明治26年)- 長崎県第十六高等小学校が廃止され、「一町三ヶ村[4]組合立 志佐高等小学校」が設置される(県立から学校組合立となる)。
  • 1898年(明治31年)
    • 3月 - 御厨村が志佐高等小学校を構成する学校組合から脱退[5]
    • 4月1日 - 高等科を併置し、「御厨尋常高等小学校」に改称(尋常科4年・高等科4年)。
  • 1900年(明治33年)- 御厨館(現・御厨中学校所在地)に校舎を新築し移転を完了。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される(尋常科6年・高等科2年)。
    • 旧高等科1年を尋常科5年に、旧高等科2年を尋常科6年に、旧高等科3年を高等科1年に、旧高等科4年を高等科2年に振り替えた。
  • 1910年(明治43年)- 児童数の増加により、校舎を改築。
  • 1915年(大正4年)- 農業補習学校を併設。
  • 1926年大正15年)- 御厨館に運動場(現・御厨中学校所在地)が完成。
  • 1935年(昭和10年)- 青年学校令の施行により、併設の御厨農業補習学校が「御厨青年学校」に改称。
  • 1941年(昭和16年)
    • 1月1日 - 御厨村と星鹿村の2町が合併し新御厨町が発足。これにより、新御厨町立の小学校となる。
    • 4月1日 - 国民学校令の施行により、「新御厨町 御厨国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 国民学校の初等科が改組され、「新御厨町立御厨小学校」に改称。
    • 国民学校の高等科と青年学校の普通科が改組され、「新御厨町立御厨中学校」(新制中学校)が発足。小学校に併設される。
  • 1948年(昭和23年)- 中学校の校舎が御厨館(小学校運動場)に完成し、小学校との併設を解消。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 松浦市の発足により、「松浦市立御厨小学校」(現校名)に改称。
  • 1961年(昭和36年)- 前田免(現在地)に鉄筋コンクリート造新校舎の一部が完成。
  • 1965年(昭和40年)- 新校舎がすべて完成し、移転を完了。
  • 1974年(昭和49年)- 創立100周年記念式典を挙行。
  • 2009年(平成21年)- 新校舎が完成(全面建て替え)。
  • 2014年(平成26年)
    • 4月1日 - 松浦市立田代小学校と松浦市立大崎小学校の2校を統合。
      • 校区が松浦市御厨町全域となる。
      • 旧田代小・大崎小校区の児童はスクールバスで通学することとなった[6]
    • 4月9日 - (統合)開校式を挙行。新校歌を披露[1]
旧・田代小学校(たしろ)[7]
  • 1874年(明治7年)10月30日 - 末永栄作宅を仮校舎として「長渓小学校」が開校。訓導(教諭)に木村熊吉が就任。当初の児童数は7名であった。
  • 1878年(明治11年)- 犬九川に移転。この年、郡制の施行により、北松浦郡に属することとなる。
  • 1880年(明治13年)- くさぎ原に校舎を新築して移転。
  • 1883年(明治16年)- 「下等田代小学校」に改称。
  • 1886年(明治19年)4月 - 小学校令の施行により「簡易田代小学校」に改称。
  • 1888年(明治21年)8月 - 尋常科を設置し「尋常田代小学校」に改称。
  • 1892年(明治25年)4月 - 「田代尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変わる)。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、御厨村立の小学校となる。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長されたため尋常科5年を新設。
  • 1909年(明治42年)4月1日 - 尋常科6年を新設。
  • 1911年(明治44年)- 児童数の増加により、樋の浦に校舎を新築し移転。
  • 1915年(大正4年)- 御厨農業補習学校の分教場が設置される。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により「新御厨町 田代国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。初等科6年のみの国民学校であった。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革により「新御厨町立田代小学校」に改称。
  • 1955年(昭和30年)
    • 1月1日 - 松浦市の発足により「松浦市立田代小学校」に改称。
    • 3月 - 校歌を制定。
  • 1964年(昭和39年)4月 - 鉄筋コンクリート造2階建て校舎(10教室)が完成。
  • 1971年(昭和46年)10月 - 校旗を制定。
  • 1974年(昭和49年)9月 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 1980年(昭和55年)3月 - 体育館が完成。
  • 1991年(平成3年)8月 - 校舎の改修を実施。
  • 2014年(平成26年)
    • 3月2日 - 閉校式を挙行。
    • 3月31日 - 松浦市立御厨小学校への統合のため、閉校。140年の歴史に幕を閉じる。
      • 最終所在地 - 〒859-4778 松浦市御厨町田代免601番地(地図
      • 校章[8] - の枝葉の絵を背景に、「田」の文字と「小」の文字を組み合わせたものを中央に置く。
      • 校歌[8] - 歌詞は3番まであり、各番に校名の「田代小学」が登場する。
      • アクセス - 長崎県道61号御厨田代江迎線、松浦観光バス「田代」バス停
      • 周辺 - 田代簡易郵便局、田代地区営農研修センター
      • 跡地 - 田代地区グリーン・ツーリズム研究会の活動拠点として使用されている。
旧・大崎小学校(おおさき)[7]
  • 1874年(明治7年)10月11日 - 第五大学区長崎県管下第四中学区松浦郡大崎村の小学校として「大崎小学校」が開校。
    • 貞方幾太郎宅を仮校舎とする。訓導(教諭)に氏田善治が就任。
  • 1876年(明治9年)- 小鳥の薬師寺へ移転。剣神社に分教場を設置。
  • 1877年(明治10年)- 米ノ山免丸久保に校舎を新築し移転。
  • 1878年(明治11年)- 郡制の施行により、北松浦郡に属することとなる。
  • 1883年(明治16年)- 「下等大崎小学校」に改称。
  • 1886年(明治19年)4月 - 小学校令の施行により「簡易大崎小学校」に改称。
  • 1888年(明治21年)8月 - 尋常科を設置し「尋常大崎小学校」に改称。
  • 1893年(明治26年) - 「大崎尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変わる)。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、御厨村立の小学校となる。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長されたため尋常科5年を新設。
  • 1909年(明治42年)
    • 4月1日 - 尋常科6年を新設。
    • 7月 - 児童数増加により校舎を新築し移転を完了。
  • 1915年(大正4年)- 御厨農業補習学校の分教場が設置される。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により「新御厨町 大崎国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。初等科6年のみの国民学校であった。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革により「新御厨町立大崎小学校」に改称。
  • 1953年(昭和28年)11月 - 校歌を制定。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 松浦市の発足により「松浦市立大崎小学校」に改称。
  • 1963年(昭和38年) - 鉄筋コンクリート造校舎が完成。
  • 1974年(昭和49年) - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 1980年(昭和55年)3月 - 体育館が完成。
  • 1993年(平成5年)8月 - 校舎の改修を実施。
  • 1994年(平成6年)3月 - プールが完成。
  • 2014年(平成26年)
    • 3月9日 - 閉校式を挙行。
    • 3月31日 - 松浦市立御厨小学校への統合のため、閉校。140年の歴史に幕を閉じる。
      • 最終所在地 - 〒859-4757 松浦市御厨町高野免627番地(地図
      • 校章[9] - 花弁の絵を背景に、「大」の文字と「キ」の文字3つを組み合わせて校名の「大崎」を表し、中央に「小」の文字を置く。
      • 校歌[9] - 作詞は市瀬正生、作曲は内野省吾、歌詞は3番まであり、各番に校名の「大崎小学」が登場する。
      • アクセス - 国道204号、松浦鉄道「西木場駅」、松浦観光バス「西木場」バス停
      • 周辺 - カトリック西木場教会

アクセス編集

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの国道・県道

周辺編集

脚注編集

  1. ^ a b 点検評価報告書(平成25年度事業分) (PDF) p.3 - 松浦市ウェブサイト
  2. ^ 松浦市立小中学校通学区域一覧 - 松浦市ウェブサイト
  3. ^ 旧平戸藩の領地であった地域。
  4. ^ 志佐町・御厨村・上志佐村・調川村
  5. ^ 学校組合立の志佐高等小学校は1919年(大正8年)の学校組合解散と同時に廃止され、各町村を代表する尋常小学校(志佐・上志佐・調川)に高等科が併置され、尋常高等小学校となった。
  6. ^ 常任委員会の審査概要(文教厚生委員会) (PDF) (まつうら市議会だより 第31号(2014年(平成26年)5月1日発行))p.8 - 松浦市ウェブサイト
  7. ^ a b 田代小学校・大崎小学校閉校特集 (PDF) (市報「まつうら」2014年(平成26年)4月号) - 松浦市ウェブサイト
  8. ^ a b 松浦市立田代小学校 - 長崎県校長会ウェブサイト
  9. ^ a b 松浦市立大崎小学校 - 長崎県校長会ウェブサイト
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参考文献編集

  • 「松浦市史」(1975年(昭和50年)11月、松浦市)年表

同名の小学校編集

関連事項編集