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板倉 重高(いたくら しげたか、寛文6年12月11日1667年1月5日) - 正徳3年2月10日1713年3月6日))は、上総高滝藩の第2代藩主、備中庭瀬藩の初代藩主。重宣流板倉家2代。

丹波園部藩主・小出英知の三男。母は山崎氏。正室は中村藩主・山内豊定の娘、継室は広瀬藩主・松平近栄の養女(岩沼藩主・田村建顕の娘)。側室に安田氏。子に昌信(次男)、娘(内藤正敬正室)。官位は従五位下。越中守。幼名は熊之丞。

貞享元年(1684年)、高滝藩の先代藩主・板倉重宣が早世したため、その養嗣子となって跡を継いだ。元禄12年(1699年)2月、高滝から庭瀬藩に移封される。大坂加番となった。正徳3年(1713年)正月、大坂天王寺の常憲院に参拝中に病に倒れ、それがもとで2月10日に死去した。享年48。跡を次男の昌信が継いだ。法号は浄泰院徳岩源芳大居士。墓所は愛知県西尾市貝吹町の長円寺。