林家正蔵 (9代目)

日本の落語家、九代目林家正蔵

九代目林家 正蔵(くだいめはやしや しょうぞう、1962年12月1日 - )は、日本落語家落語協会副会長、俳優タレント声優司会者、大学教員。東京都台東区根岸出身。本名:海老名 泰孝。出囃子は『あやめ浴衣』。

九代目 林家はやしや 正蔵しょうぞう
Hayashiya Syôzô the 9th
九代目 林家(はやしや) 正蔵(しょうぞう) Hayashiya Syôzô the 9th
花菱は林家三平一門の定紋で九代目正蔵の定紋でもある。
本名 海老名えびな 泰孝やすたか
別名 坂東 蝶蔵ちょうぞう(日本舞踊坂東流[1]
生年月日 (1962-12-01) 1962年12月1日(59歳)
出生地 日本の旗 日本東京都台東区根岸
師匠 初代林家三平
林家こん平
弟子 林家たけ平
林家たこ蔵
林家はな平
林家まめ平
林家なな子
林家つる子
林家たま平
林家ぽん平
名跡 1. 林家こぶ平
(1978年 - 2005年)
2. 九代目林家正蔵
(2005年 - )
出囃子 菖蒲浴衣
活動期間 1978年 - 現在
活動内容 落語家古典落語
俳優
タレント
声優
司会者
配偶者 海老名有希子
家族 祖父:七代目林家正蔵
父:初代林家三平
母:海老名香葉子
長姉:海老名美どり
次姉:泰葉
弟:二代目林家三平
長女:海老名あづき
長男:林家たま平
次男:林家ぽん平
所属 落語協会
ねぎし事務所(マネージメント)
主な作品
林家正蔵の今日も4時から飲み
笑っていいとも
テレビ探偵団
スパイスTV どーも☆キニナル!
天才クイズ
笑いがいちばん
林家正蔵の千客万来
林家正蔵のサンデーユニバーシティ
こちら葛飾区亀有公園前派出所
みんなの手話
家族はつらいよ
梅ちゃん先生
タッチ
大富豪同心
ドラえもん のび太の南海大冒険
平成狸合戦ぽんぽこ
天才クイズ
梅切らぬバカ
ハッチポッチステーション
受賞歴
文化庁芸術祭賞・大衆芸能部門関東参加公演の部 優秀賞(2015年)
備考
落語協会副会長(2014年 - )

血液型A型。東京都立竹台高等学校卒業[2]。前名は林家こぶ平。同じく落語家林家たま平長男林家ぽん平次男

家族編集

1984年結婚した有希子夫人とのあいだに二男一女をもうける。 2013年4月に高校卒業した長男・泰良 (やすよし) が正蔵の元に弟子入りした。2014年8月に 「林家たま平」の高座名で前座となった。(2017年11月に二つ目昇進)。 2019年4月に大学卒業した次男・泰宏(やすひろ)も正蔵の元に弟子入りした。2020年10月に「林家ぽん平」の高座名で前座となった。 泰良は「林家こぶた」、泰宏は「林家よろこぶ」の高座名で入門前から高座デビューしている。

来歴・人物編集

1978年、父親の三平に弟子入りした[2]。当初は小三平の高座名で入門させる予定だったが、三平の考慮から高座名がこぶ平となった(子供時代に小三平の名で高座に上がったことがある[3])。「こぶ平」という名は弟の泰助(現在の2代目三平。当時はまだ入門前)が「お兄ちゃんは小太りだから、こぶ平がいいんじゃないか」と提案したのがきっかけだった[3]。本人は「こぶ平」という芸名に不満があったようであり、後にこのエピソードなどを挙げて「うちの親父は弟子の名前を付けるのが下手だった」と回顧している。1980年の三平の死後は、三平の惣領弟子である林家こん平の門下になる[2]1981年、二つ目に昇進。2017年に長男・泰良が二つ目昇進しており、親子4代での二つ目昇進は史上初。1988年古今亭志ん朝以来の最年少で真打に昇進。親子3代にわたっての真打昇進は史上初。第5回浅草芸能大賞新人賞受賞。2003年3月、落語界の活性化のために春風亭小朝、笑福亭鶴瓶ら東西の落語家6人で「六人の会」を結成し、多くのイベントを開催した[4]

2005年3月21日九代目・林家正蔵を襲名。その前後にこん平が多発性硬化症で落語家としての活動が困難になったこともあり、以後は当初の見通しよりも早く、林家一門の“総帥”としてふるまう機会が増えている。襲名にあたっては、「正蔵」という名跡にまつわる歴史もあり、先代の弟子である林家木久扇がこん平の代わりとなって奮闘した。第22回浅草芸能大賞奨励賞受賞。

噺家としての高座以外に、マルチタレントとしてバラエティ番組への出演も多い。テレビでは温厚で気さくな坊ちゃん的なキャラクターで広く知られ、特に『モグモグGOMBO』での、司会のヒロミの弟分的キャラクター(実年齢は正蔵の方が2歳年上)で通し、イジられ役であったことは有名。正蔵襲名後、ヒロミはかつて無礼な態度を取り続けたことを半ばギャグ交じりに謝罪している。

1970年に子役としてテレビドラマに出演したのを皮切りに役者としても活動。当時の芸名は「林家小三平」。1980年代に入ると数々のドラマに出演し、その延長でアニメでも声優として活動した。1990年に放送された『美味しんぼ』では、二世落語家という自分と同じ境遇のキャラクターである2代目福々亭末吉役を演じ、第69話では船徳の一節を演じている。テレビアニメ『タッチ』では、上杉達也上杉和也兄弟とバッテリーを組むキャッチャー松平孝太郎役を務め、当時同じく新米でありヒロインの浅倉南を演じた日髙のり子と共に、上杉達也役の三ツ矢雄二藤山房伸音響監督らに徹底的な演技指導を受けた。『こちら葛飾区公園前派出所』ではレギュラーの寺井洋一役を茶風林の後任として途中から務めており、アニメ内では父・三平の代表的なギャグである「どーもすいません」と喋る場面など、自身に関するネタがたびたび登場した。これらの経験から、ナレーターとしての活動も行っている。

2005年より、城西国際大学人文学部(その後、国際人文学部国際文化学科に改組)の客員教授を務めている[2]

幼少の頃、祖母と『連続テレビ小説』の作品をよく視聴していた[5]

略歴編集


  • 2005年3月21日、九代目林家正蔵襲名。
  • 2013年4月、長男・泰良が、七番弟子として正蔵の元に入門。前座名はたま平。親子四代に渡って落語家になるのは落語界初の快挙である。
  • 2014年、落語協会副会長に就任。
  • 2017年11月、たま平が二つ目に昇進。
  • 2019年4月、次男・泰宏が、大学卒業とともに八番弟子として、正蔵の元に入門。前座名はぽん平

エピソード編集

  • 劇団『WAHAHA本舗』の創立メンバーで、1984年8月の旗揚げ公演にも出演するなど短期間ながら在籍したが、三平が直接的な下ネタを好んでいなかったために退団させられた[6]2017年5月に行われた『WAHAHA本舗』最後の全体公演となる「ラスト3〜最終伝説〜」東京公演に、33年ぶりに出演している[7]
  • 過去にテレビドラマ『軽井沢シンドローム』撮影中の自動車事故により、スタッフが死亡して堤大二郎と自身が負傷し、ドラマは制作中止となった。
  • 中学生のころからジャズレコードCDを収集して10,000枚以上をコレクションし、ラジオ番組にジャズ評論家として出演することもある。モダンジャズの本流に当たるハード・バップ系のジャズメッセンジャーズから入門して前衛的なフリー系も守備範囲とする。二十代から三十代前半にかけて、『スイングジャーナル』誌に本名で寄稿して選評者として活動し、チェット・ベイカー1987年来日公演を辛辣に批判して物議を醸した。マイルス・デイヴィスのファンで、悩んだ時や落ち込んだ時によく聴く。2008年に『知識ゼロからのジャズ入門』(ISBN 978-4344901216)を著した。
  • 若い頃に「本業の落語をもっと勉強しなさい。三平の弟子・跡継ぎとして、もっと落語に精進しなさい。」と、いかりや長介から「辛辣なお叱り」を受けたことをいかりやの没後に語った。
  • 正蔵の名跡を継承後、永六輔に『こぶ平は好きだが正蔵は嫌いだ』と辛辣な評価を受けた。
  • 近年は一門の弟子も含めて直接に指導しなかった3代目桂米朝から、米朝の新作「一文笛」と「除夜の雪」の稽古を受けたが、緊張のあまりアドバイスは何も貰えなかった。米朝と三平は同年齢で、自身と5代目桂米團治は同期入門にあたる。米團治とは米團治が東京で初めて独演会を開いた時、チケットの売れ行きが芳しくない為、米團治が付き合いのあった永六輔のラジオに手紙を出し、永から米團治独演会のPRを頼まれて米團治独演会のPRをしたらチケットが売れ出した。その独演会の打ち上げで酒を飲んで以来、親交を深める。父親の芸名を継がなかった。お互いに副会長(正蔵は落語協会、米團治は上方落語協会)と言う共通点を持つ。
  • 姉の泰葉が同じ番組に出演していたことから、やしきたかじんの家に住み込んでかばん持ちをするなど実質な師弟関係があり、生前にたかじんを「師匠」と呼んだ。
  • 三平の弟子である林家ペーから、「ボクちゃん」と呼ばれている。正蔵はペーのことを「ペー兄(あに)さん」と呼んでいる。
  • 長男・泰良(たま平)と番組で共演すると厳しく接することがあり、初代三平が自身に行った厳しい指導をたま平にすることも多いが、道徳観などの変化もあり、拳骨など身体的制裁は行っていない。
  • 自身の弟子には長男・泰良の「たま平」を初めとし、「〇〇平(へい)」と名付けるのが慣例となっていたが、次男・泰宏は「〇〇平(へい)」と名付けず「ぽん平(ぽんぺい)」と名付けている。
  • 2007年4月に税務申告漏れ総額約1億2000万円を東京国税局から指摘され、悪質な所得の隠匿をしたとして重加算税など約4200万円を追徴課税されたが、自虐的なブラックジョークとして寄席でネタとする。
  • 坂東三津五郎から襲名時に贈られた紋付は、裏地にちばてつやが「ハリスの旋風」を直筆しており、これを「落語界で大暴れしろ」の意味と解釈して感謝した[8]。三津五郎が亡くなる直前の2015年に立ち会った日本舞踊坂東流最後の名取試で、「坂東蝶蔵」の名前を授かる[9]
  • 14歳年下の風俗勤務女性と共にいる現場を、写真週刊誌で報じられた[10]
  • 鉄道に造詣が深く、実際に新幹線500系電車登場の特別番組でリポーターを務めた。
  • 大先達の5代目 林家正蔵の眠る静岡県沼津市の真楽寺を毎年訪れている。沼津市は母が戦時中に疎開したところである[11]。母親の海老名香葉子が沼津に疎開した戦争当時のエピソードを原作とした児童文学作品『うしろの正面だあれ』は1991年に劇場用映画として公開され、正蔵も本名の「海老名泰孝」名義で出演している[12]
  • 子供のころ三平の息子であることを理由に弄られるのに嫌気がさし「人に笑われる仕事なんか辞めればいい。」と発言したところ、母の香葉子から「人様に笑って貰ってるおかげであたしらの今があるんだろうが。」と激怒された事があり、それ以後は父の職業に対する不平を言わなくなった。
  • カネボウフーズ(現・クラシエフーズ)「カップしるこ」のCMに出ていたが、かつて父の初代林家三平もカネボウに合併する前の渡辺製菓の「渡辺 即席しるこ」のCMに出ていた。因みに二木のお菓子のCMも親子二代に渡って出演している。

「9代目正蔵」襲名編集

襲名のきっかけは、自身がバラエティ番組などのメディア活動ではある程度の評価を得ているのに対し、寄席や落語会等に出て本業の落語を披露してもウケないことに悩んでいたころ、鈴本演芸場の席亭から「新しい名前を襲名したらどう?」と言われ、本人はてっきり父の使用していた名跡「林家三平」を継ぐものだと思っていたが、後々、祖父が7代目として使用した名跡「林家正蔵」の9代目だという事を聞かされる。これは8代目と海老名家の約束であるためだが、本人は正蔵襲名を目標としていなかった[13]。本人は断るつもりだったが周囲の薦めで襲名することになったという。襲名の際は上方では真っ先に3代目桂南光に相談をしている。

先述の通り、若くしてタレント活動に重点を置きながら、半ば「七光り」のような形でビッグネームを襲名したものの、実際その通りであり、テレビでの「だめなボンボン」のイメージを払拭したとは言い切れず、女性、金銭などで「チョンボ」も多いことから、同業者からは現在でも才能の欠片もない「できない落語家」の代名詞としてネタにされることが多い。

しかし、春風亭小朝は『笑点』正蔵襲名披露口上にて、

正蔵は襲名に備えて3年間で50席の古典落語を覚えた。

と語っている。正蔵に対して否定的な意見、落語関係者以外の著名人及び芸能マスコミから挙がっていることについて、

文句を言うなら、まずは彼の落語を聴いてから文句を言って欲しい。

ともコメントした。

以上のエピソードのように、襲名決定後はもとよりそこから現在に至るまで、高座により積極的に取り組んでいることが伺える。

「こぶ平」の名前は、自身の子息が弟子入りを希望した際に名乗らせたいとしているが、2013年に弟子入りした長男・泰良は現在のところ「林家たま平」を、2019年に弟子入りした次男・泰宏は「林家ぽん平」を名乗っている。

受賞歴編集

  • 2015年 - 平成27年度(第70回)文化庁芸術祭賞・大衆芸能部門関東参加公演の部 優秀賞(第588回三越落語会における「しじみ売り」の話芸に対して[14]

出演番組編集

現在編集

テレビ編集

テレビアニメ編集

過去編集

テレビ編集

初の生放送総合司会を担当していた。
病気で出演できなかった所ジョージに代わって司会を務めた。

テレビドラマ編集

映画編集

テレビアニメ編集

1983年

1985年

1987年

1990年

  • 美味しんぼ(日本テレビ)- 快楽亭吉笑(第69話、第116話)

1998年

1999年

2001年

  • タッチ CROSS ROAD〜風のゆくえ〜(日本テレビ) - ニック

2003年

劇場アニメ編集

ラジオ編集

人形劇編集

テレビCM編集

DVD・ビデオ編集

音楽編集

  • 海老名の穴 所ジョージ(アルバム「僕の犬」収録)(ゲストボーカルとセリフ)

一門弟子編集

真打編集

二ツ目編集

前座編集

色物編集

廃業編集

  • 林家ほや平
  • 林家ふく平
  • 林家もも平[24]

演じた俳優編集

脚注・出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 林家正蔵さん、三津五郎さん家元「日本舞踊 坂東流」最後の弟子だった”. 産経デジタル ソナエ (2015年2月24日). 2015年2月26日閲覧。
  2. ^ a b c d 「時代を駆ける:林家正蔵:SHOZO HAYASHIYA(1)」 『毎日新聞』 2009年10月19日、13版、5面。
  3. ^ a b 「時代を駆ける:林家正蔵:SHOZO HAYASHIYA(2)」 『毎日新聞』 2009年10月20日、12版、10面。
  4. ^ 「時代を駆ける:林家正蔵:SHOZO HAYASHIYA(5)」 『毎日新聞』 2009年10月27日、13版、9面。
  5. ^ NHK出版『朝ドラの55年』でのインタビュー
  6. ^ 「時代を駆ける:林家正蔵:SHOZO HAYASHIYA(4)」 『毎日新聞』 2009年10月26日、13版、5面。
  7. ^ 林家正蔵「落語協会副会長なのに」久本の股間に吐息ツ - 日刊スポーツ 2017年5月25日
  8. ^ 「ウチくる!?」 2009年8月23日(日)放送内容”. 価格.com (2009年8月23日). 2013年12月7日閲覧。
  9. ^ 林家正蔵 三津五郎さん最後の弟子だった”. デイリースポーツ (2015年5月25日). 2019年6月15日閲覧。
  10. ^ 林家正蔵、風俗ギャルとの“深夜の一席”撮られる スポニチ閲覧
  11. ^ 五代目「正蔵」眠る沼津・真楽寺 2月に当代招き落語会 静岡新聞2014年1月30日。2014年3月27日閲覧
  12. ^ 配役は香葉子(劇中では「かよ子」)の長兄である中根忠吉
  13. ^ 新春対談 広報たいとう 平成18年(2006年)1月1日(No.908)号
  14. ^ 平成27年度(第70回)文化庁芸術祭賞受賞一覧(参加公演)”. 文化庁. 2015年12月25日閲覧。
  15. ^ “林家正蔵“4時から飲み”の醍醐味は後ろめたさ”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2015年12月8日). https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/481381/ 2020年5月31日閲覧。 
  16. ^ “「精霊の守り人 最終章」 出演者発表!”. NHKドラマトピックス. (2017年1月15日). https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/20000/260801.html 2017年1月16日閲覧。 
  17. ^ こちら葛飾区亀有公園前派出所”. メディア芸術データベース. 2016年8月7日閲覧。
  18. ^ ごぞんじ!月光仮面くん”. トムス・エンタテインメント. 2022年5月24日閲覧。
  19. ^ 本名の海老名泰孝名義で出演。
  20. ^ こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE”. メディア芸術データベース. 2016年8月6日閲覧。
  21. ^ 社団法人日本地震学会:なゐふる:vol.0(4/7) (PDF)
  22. ^ 林家たま平(落語協会公式)”. 2018年8月28日閲覧。
  23. ^ 林家たま平(@tamahei_h) [@tamahei_h] (2020年9月1日). "弟が今日から楽屋入りしました。" (ツイート). Twitterより2020年9月4日閲覧
  24. ^ tentsutsu. “サザエさんみてえだ!” (日本語). 総領の甚六【春風亭柳朝No.6のオフィシャルブログ】. 2019年11月17日閲覧。

外部リンク編集