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栃木トヨタ自動車株式会社(とちぎトヨタじどうしゃ)は、栃木県を主な販売エリアとするトヨタ自動車販売チャネルトヨタ店およびレクサス店)の正規ディーラーである。

栃木トヨタ自動車株式会社
TOCHIGI TOYOTA MOTOR Co.,Ltd
The head office of Tochigi TOYOTA 20190204.jpg
栃木トヨタ自動車本社および
栃木トヨタ横田店(旧宇都宮南営業所)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 栃木トヨタ
本社所在地 日本の旗 日本
321-0105
栃木県宇都宮市横田新町3番47号
設立 1946年昭和21年)10月1日[1]
(栃木トヨタ自動車販売株式会社)
業種 小売業
法人番号 8060001002998
事業内容 新車・中古車販売
自動車整備、自動車関連部品用品販売
保険代理業、通信事業
代表者 新井 孝則(代表取締役社長
資本金 1億円[1]
(2017年3月31日現在)
売上高 355億円[2]
(2018年3月期)
純利益 12億6900万円(2019年03月31日時点)[3]
純資産 293億0900万円(2019年03月31日時点)[3]
総資産 478億5000万円(2019年03月31日時点)[3]
従業員数 573名[2]
(2018年3月現在)
支店舗数 27
決算期 3月31日[2]
主要株主 NEZASホールディングス 100%[4][5]
(2017年3月31日現在)
主要子会社 株式会社トヨタレンタリース栃木
株式会社DUO栃木
株式会社NEZASサービス
外部リンク http://www.tochigitoyota.com/
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2014年11月、株式移転により設立した純粋持株会社NEZASホールディングス」の子会社となった。

概要編集

黎明期から太平洋戦争期の栃木県内トヨタ車販売について

豊田自動織機製作所自動車部(トヨタ自動車の前身)は全国の販売網構築に関して地場資本に協力を求め、昭和初期の栃木県においては「関東モータース商会[注 1]GM特約店/1932年5月設立)」と特約販売店契約を締結。トヨタ車販売組織「関東トヨタ販売」を設けて実質的に米国車(シボレー)と併売する形をとっていた[注 2][11][12]

1943年2月、戦時下の重要産業団体統制令により関東モータース商会は栃木県内の自動車販売を配給統制する地域配給会社(地配)「栃木縣自動車配給株式會社」に改編・他系列の販売店と統合されることとなり、関東トヨタ販売は解散した。

戦後のパートナー探し、白羽の矢は新井家に

戦時中に自動車の配給を独占していた自動車統制会と「日本自動車配給株式會社」は1945年8月に解散したが、栃木県内は引き続き栃木縣自動車配給が各メーカー車の独占販売を続けた。

1946年、トヨタ自動車工業(当時)は重要産業団体統制令の解除を見越して国内販売網の再構築に奔走、各地のかつて日産系だった地配をも口説き取り込んでいったが、栃木県においては栃木縣自動車配給(小平グループ)に代わる新たな事業パートナーを模索する[注 3]。旧烏山町を本拠に県東・県北地区で雑貨や砂糖、石油製品(ライジングサン石油特約店)を取り扱い、戦前にフォード車の輸入・販売実績を持つ「新庄(あらしょう)[注 4]」(新井家)と特約販売店契約を締結し1946年10月、宇都宮市西原町(現・宇都宮市新町)に「栃木トヨタ自動車販売株式会社」を設立した[5][14]

設立当初はトラックなど商用車の取扱いがほとんどであり、現在の取扱車種でも商用車(ライトバン・トラックなど)およびセンチュリークラウンなど高級乗用車が多いことから、古くからの法人や富裕層のユーザーに強みを持つ。軽自動車ピクシス」シリーズは取り扱っておらず、ショールーム内にはダイハツ軽自動車のカタログが用意されている。

1968年には県内のトヨタディーラーが共同出資し「トヨタレンタカー栃木(現在のトヨタレンタリース栃木)」を設立、栃木トヨタが筆頭株主となり[15]子会社とした。1993年、トヨタがフォルクスワーゲン(VW)と日本国内で販売提携したことに伴いVW車及びアウディ車の販売事業「DUO栃木中央」を立ち上げている(2014年に分社化)。

2007年、トヨタ自動車が所有していた隣県・福島県のトヨタ店「福島トヨタ自動車(福島トヨタ)」株式の引き受けを打診され受諾、子会社化[16]。元来“一県一社”が原則であるトヨタ店2社が“親子関係”になっていることを是正するため、2015年に栃木トヨタおよび福島トヨタの2社を持株会社「NEZASホールディングス」の直接子会社とするグループ再編を行い、対等な関係に位置づけた[5]

店舗網は新車取扱いの「トヨタ店」20店舗のほか、「レクサス店」を1店舗[注 5]中古車取扱店「U-Car(旧・くるめーと)」を6店舗(そのうちの2店舗はトヨタ店に併設)展開している。

地元・栃木県内の各種スポーツや文化事業などを積極的に支援しており、長年栃木県サッカー選手権大会の冠スポンサーを務めた[注 6]ほか、栃木ゴールデンブレーブスル・ボーセモータースポーツのスポンサーになっている。

沿革編集

  • 1946年(昭和21年)
    • 10月1日栃木トヨタ自動車販売株式会社」設立(本社/宇都宮市西原町)[1][4]
    • 月日不明 本社を宇都宮市大町に移転[4]
  • 1947年(昭和22年)
    • ミヤコ自動車工業株式会社と合併[4]
    • 本社を宇都宮市西原町に移転[4]
  • 1948年(昭和23年) 商号を「栃木トヨタ自動車株式会社」に改称[4]
  • 1956年(昭和31年) 9月 トヨペット店新設に伴いSKB型、RR16型、RR17型の販売権を栃木トヨペットへ移管[17][18]
  • 1964年(昭和39年) 宇都宮サービスセンター(宇都宮市上横田町/現・横田新町3-47)の敷地内に本社社屋落成[4]
  • 1968年(昭和43年) 4月8日 「株式会社トヨタレンタカー栃木(現・株式会社トヨタレンタリース栃木)」設立[19]
  • 1974年(昭和49年) 資本金2,500万円増資し、1億円とする[4]
  • 1993年(平成5年) VWアウディ車販売店「DUO栃木中央」オープン(宇都宮市簗瀬町)
  • 1997年(平成9年) 「株式会社ジェームス栃木」設立[4]
  • 2000年(平成12年) 営業所呼称を「店」に変更[4]
  • 2001年(平成13年) 1月 DUO栃木中央でのアウディ車取り扱い終了、VW車専売店となる
  • 2003年(平成15年) ISO取得推進委員会発足
  • 2005年(平成17年) 「レクサス宇都宮北」オープン[4]
  • 2006年(平成18年) 創立60周年記念事業として本社新社屋落成、栃木トヨタ社内報創刊、中古車取扱店呼称を「カーパーク」から「くるめーと」に変更[4]
  • 2007年(平成19年) トヨタ自動車より福島トヨタ自動車の株式を譲受し、子会社化[4][5][16]
  • 2010年(平成22年) 10月1日 「DUO栃木中央」の店名を「Volkswagen栃木中央」に変更
  • 2014年(平成26年)
  • 2015年(平成27年)
    • 4月 栃木トヨタホールディングスを「株式会社NEZASホールディングス」に改称、栃木トヨタ自動車および福島トヨタ自動車の2社をNEZASホールディングスの直接子会社とするグループ再編を実施[4][5]
    • 4月 VW車事業を「株式会社DUO栃木」に分離・継承[4][21]
  • 2019年(平成31年)

拠点編集

取扱車種編集

関連会社編集

子会社
グループ会社
源流企業
  • 新庄[2](荒物・雑貨販売 他[5]

ギャラリー編集

提供番組編集

注釈編集

  1. ^ 石橋町(現・下野市)に肥料店を開業して財を成した実業家小平重吉が設立した企業。 小平重吉は1919年(大正8年)に石橋運輸、1924年(大正13年)関東自動車商会(現・関東自動車 (栃木県)路線バス事業 栃木県最大手)、1935年(昭和10年)栃木共栄石油販売(現・日星石油/石油販売事業[6])、1938年(昭和13年)に小平重工業(現・小平産業/トラック架装メーカー)、栃木貨物自動車、栃木合同タクシーなど多くの事業設立に関与し「小平グループ」を一代で築いた。[7][8] 1927年(昭和2年)には栃木県会議員として政界に進出。1937年(昭和12年)に衆議院議員、1947年(昭和22年)には初代公選の栃木県知事として戦後の県土復興に尽力した。[9][10]
  2. ^ 1940年までに 関東トヨタ販売は茨城県埼玉県群馬県にも販売拠点を開設している。
  3. ^ 栃木縣自動車配給は日産自動車と特約販売店契約を結び、1946年10月、栃木日産自動車販売日産店)に改称し現在に至っている[12]。栃木県内に本社を置く自動車販売会社のうち、戦前「日本の自動車御三家」と呼ばれた日産(栃木日産)、いすゞ(栃木いすゞ自動車)の他 SUBARU(栃木スバル自動車)、日野(栃木日野自動車)、UDトラックス(UDトラックス栃木/※「栃木日産」子会社)は小平家が設立に関与した企業である。[6]
  4. ^ 栃木県内では大正年間より戦前にかけて、同社および日光金谷ホテルの2社がフォード車の総代理店として輸入・販売を行っていた[13]
  5. ^ 2005年、宇都宮市御幸町の国道4号沿いに「レクサス宇都宮北」を開店。栃木県内には同店のほか「レクサス宇都宮南(栃木トヨペット)」、「レクサス小山(ネッツトヨタ栃木)」がある。
  6. ^ 2017年まで「栃木トヨタカップ栃木県サッカー選手権大会」、2018年からは親会社・NEZASの名称を用いた「NEZASカップ栃木県サッカー選手権大会」となっている。栃木県サッカー選手権大会#主催・主管団体を参照
  7. ^ 法人格は旧「烏山貨物自動車株式会社」

出典編集

  1. ^ a b c 栃木トヨタ自動車 会社概要 2019年2月10日閲覧。
  2. ^ a b c リクナビ2020 栃木トヨタ自動車 会社データ 株主構成 2019年2月10日閲覧。
  3. ^ a b c 栃木トヨタ自動車株式会社 第87期決算公告
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r リクナビ2019 栃木トヨタ自動車 会社概要 沿革 2019年4月1日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g 松下幸之助.com/NEZASグループ 2019年2月10日閲覧。
  6. ^ a b 日星石油株式会社 会社概要・沿革 2019年2月25日閲覧。
  7. ^ 小平産業株式会社 沿革 2019年2月25日閲覧。
  8. ^ 観光Fan! > 知る > 栃木の人物 > 小平重吉 2019年2月25日閲覧。
  9. ^ 下野新聞「とちぎ20世紀」取材班 著 『とちぎ20世紀 上巻』 下野新聞社2000年5月発行、ISBN 4-88286-117-8 。64-67頁。
  10. ^ コトバンク「小平重吉」、2019年2月25日閲覧。
  11. ^ トヨタ企業サイト|トヨタ自動車75年史 文章で読む75年の歩み > 第1部 第2章 第2節 第5項 販売組織の確立 > トヨタ・マークの制定と販売網の整備 本文および表1-3を参照
  12. ^ a b マイナビ2019 > 栃木日産自動車販売株式会社 > 会社データ・沿革 2019年2月10日閲覧。
  13. ^ 森戸一男 著 『那須烏山の歴史を歩く 改訂増補版』 しもつけの心出版(井上総合印刷)、2018年11月27日発行、ISBN 978-4-903976-34-1。218-219頁。
  14. ^ トヨタ企業サイト|トヨタ自動車75年史 文章で読む75年の歩み > 第1部 第2章 第6節 第2項 会社再建 > 販売体制の確立 2019年2月10日閲覧。
  15. ^ リクナビ2020 トヨタレンタリース栃木 株主構成
  16. ^ a b 「WEDGE Infinity」WEDGE REPORT > 「トヨタでも始まるか ディーラー再構築の狙いは」3頁、2009年7月7日 2019年2月25日閲覧。
  17. ^ トヨタ企業サイト|トヨタ自動車75年史 文章で読む75年の歩み > 第1部 第2章 第9節 第1項 販売体制の拡充 > 複数販売店制の推進 2019年2月10日閲覧。
  18. ^ 栃木トヨペット 会社概要より会社設立日を確認 2019年2月28日閲覧。
  19. ^ トヨタレンタリース栃木 企業概要 2019年2月10日閲覧。
  20. ^ NEZASホールディングス 会社概要 2019年2月10日閲覧。
  21. ^ a b DUO栃木 会社概要 2019年2月10日閲覧。
  22. ^ 栃木トヨタ 企業情報 > 健康経営優良法人 2019年4月21日閲覧。
  23. ^ 栃木トヨタ自動車 店舗一覧 2019年4月1日閲覧。
  24. ^ NEZASホールディングス 事業案内 2019年2月25日閲覧。
  25. ^ 「Logistics Today」国内最大の物流ニュースサイト > 「新庄、烏山貨物自動車の燃料販売事業を統合」2016年1月29日 2019年2月25日閲覧。

栃木県内の他のトヨタ販売チャネル編集

外部リンク編集