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5代目 桂 三木助(かつら みきすけ、本名:小林 康浩(こばやし やすひろ)、1984年3月19日 - )は、日本落語家東京都出身。国士舘大学法学部中退。落語協会所属。

5代目 (かつら) 三木助(みきすけ)
本名 小林 康浩(こばやし やすひろ)
生年月日 (1984-03-19) 1984年3月19日(35歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
師匠 11代目 金原亭馬生
名跡 1. 金原亭駒春(2003年 - 2006年)
2. 桂三木男(2006年 - 2017年)
3. 5代目桂三木助(2017年 - )
出囃子 つくま
活動期間 2003年 -
活動内容 落語家
家族 3代目桂三木助(祖父)
4代目桂三木助(叔父)
小林茂子(母)
所属 落語協会

概要編集

母は小林茂子(後述)。母の父(祖父)は3代目桂三木助。母の弟(叔父)に4代目桂三木助。いわゆる落語界のサラブレッドである(血筋の構成が柳家花緑と似ている。花緑は母の父が5代目柳家小さん、母の弟が6代目柳家小さん、また花緑も本名が小林姓である。)。

祖父の録音を聴いたことで落語家を志したが、祖父も叔父も他界していたために叔父が所属していた小さん一門ではなく11代目金原亭馬生に入門した(2003年)。初名・金原亭駒春(きんげんてい こまはる)。

古典落語に専念している。また一門以外にほとんど稽古をつけなかったことで知られた立川談志が、晩年「芝浜」「五貫裁き」などの稽古を付けた数少ない落語家となった。

2006年11月、二つ目昇進。祖父の前名・桂三木男を襲名。同月初めての独演会を開く。2008年より平成噺し座に参加。2009年5月7日内幸町ホールにて独演会を開く。

新宿末廣亭2010年2月上席夜の部は特別の芝居『三代目、四代目桂三木助追善興行』となる。三木男(当時)は二つ目でありながら、くいつき(仲入り直後の出番)という異例の位置に上がる(通常の二つ目が上がる位置ではない)。主任と仲入りが日替わりとなっていることからも、この芝居は事実上の三木男の責任興行といえる。

2003年入門の同期、古今亭文菊柳家小八三遊亭ときん鈴々舎馬るこ・本人・柳亭こみち古今亭志ん五古今亭駒治柳家小平太柳家勧之助の10人で、「TEN」というユニットを組んでいた[1]

2017年9月、真打に昇進し[2]、祖父と叔父が名乗った桂三木助を5代目として襲名した[3]2018年6月15日有楽町朝日ホールにて襲名披露興行[4]

人物編集

小林茂子編集

小林 茂子(こばやし しげこ、1955年1月16日 - )は、コラムニストタレント[7]。5代目桂三木助の母。落語家・3代目桂三木助の長女として東京・田端に生まれる。1984年より、実の弟である4代目桂三木助のマネージャーを務めた[7]

著書に3代目・4代目桂三木助の思い出を綴ったエッセイ『生きてみよ、ツマラナイと思うけど』小学館、2009年 ISBN 978-4093878791 がある [8]

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集