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桃太郎(ももたろう)は、日本おとぎ話の一つ。 「桃太郎」が、お婆さんから黍団子(きびだんご)をもらって、イヌサルキジを従えて、鬼ヶ島までを退治しに行く物語。

桃太郎の像(犬山市・桃太郎神社)

目次

内容編集

桃太郎の物語は、いくつかの場面で出典により違いがある。ただし、物語後半にあるとの戦いの場面では、おおむねどの書籍でも桃太郎側の視点での勧善懲悪物語となっている。

桃太郎の出生に関しては、から生まれたとする場合や、桃を食べたお爺さんの生まれ変わりだとする場合がある。

桃太郎の成長過程については、お爺さんとお婆さんの期待通り働き者に育ったとする場合や、三年寝太郎のように力持ちで大きな体に育つが怠け者で寝てばかりいるとする場合がある。

成長した桃太郎は、鬼ヶ島の鬼が人々を苦しめていることを理由に鬼退治に旅立つが、その決意を自発的に行う場合と、村人や殿などに言われて受動的に行う場合とがある。

出征時には両親からきび団子を餞別にもらう。道中、遭遇するイヌサルキジにそのきび団子を分け与えて家来にする。

鬼ヶ島での鬼との戦いで勝利をおさめ、鬼がほうぼうから奪ってきた財宝を持って帰り、最終的に郷里のお爺さん・お婆さんの元に帰って幸せに暮らしたとして物語は締めくくられる。

ゆかりの地編集

ゆかりの地とされる場所は全国にある。 中でも岡山県は、桃太郎作中の「きび団子」と同音の江戸時代の地元土産品「吉備団子」を関連付けるなど、全県を挙げての宣伝活動からゆかりの地として全国的に有名となり、現在は桃太郎の像なども存在する。ただし、「吉備団子」と作中の「きび団子」との関係は証明されていない。

また桃太郎のモデルが彦五十狭芹彦命であるとする見方は広く知られており(後述)、これにちなんで、彦五十狭芹彦命の故郷である奈良県 磯城郡 田原本町では、桃太郎生誕の地として黒田庵戸宮(廬戸宮)を観光PRの一つとして取り上げている。

以下は桃太郎サミットや日本桃太郎会連合会に参加する自治体とそのゆかりの場所。

成り立ち編集

 
桃太郎の人形

由来編集

物語の由来については諸説存在し、それぞれ論争のあるところである。

由来の有力な説の一つとしては、第7代孝霊天皇の第3皇子彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと、吉備津彦命)、稚武彦命兄弟の吉備国平定における活躍と、岡山県温羅伝説に由来するものとする説がある。これは、古代の大和政権吉備国の対立構図を、桃太郎と鬼の争いになぞらえたとするものである。 また同じ説において、岡山県笹ヶ瀬川は桃太郎の桃が流れた川、あるいは桃太郎との戦いで傷を負った鬼の血が流れた川とされる。 彦五十狭芹彦命の故郷、黒田庵戸宮(廬戸宮)がある奈良県磯城郡田原本町の初瀬川 には、川上から男の子が甕に乗って流れてきて、西の方角に向かい神様となったという伝承が残る(本朝神社考)。西の方角とは、『古事記』や『日本書紀』の孝霊天皇、彦五十狭芹彦命の記述から、吉備(岡山)や讃岐(香川)をさすと考えられている。

成立過程編集

物語としての成立年代は正確には分かっていないが、原型は室町時代とされる。

江戸時代の草双紙の赤本による『桃太郎』『桃太郎昔話』などが出版により広まった最初の版であるとされる。 赤本豆本黄表紙などに登場した桃太郎は、曲亭馬琴の『童蒙話赤本事始』で五大昔噺の冒頭を飾る[3]

明治時代初期までは桃を食べて若返ったお爺さんとお婆さんの間に桃太郎が生まれたという回春型の話[3]の方が主流であった。 この他にも「赤い箱と白い箱が流れて来て、赤い箱を拾ったら赤ん坊が入っていた」、「川上から2つの桃が流れて来たのでお婆さんが『緑の桃はあっちゃいけ、赤い桃はこっちゃ来い』と言うと赤い桃が寄って来た」など桃太郎の誕生の仕方については差異のあるものが多数伝わっているが、巖谷小波により1894年(明治27年)に『日本昔話』としてまとめられたものがその後の語り伝えに大きく影響した。

桃太郎の姿が、日の丸の鉢巻に陣羽織、幟を立てた姿になり、犬や鳥、猿が「家来」になったのはこの明治時代からである。それまでは戦装束などしておらず、動物達も道連れであって、上下関係などはない。明治の国家体制に伴い、周辺国を従えた勇ましい大日本帝国の象徴にされたのである[4]

因みに舞台の一つとされる岡山県で桃の栽培が始まったのも明治時代以降である。

1887年(明治20年)に国定教科書に採用される際にほぼ現在の形のものを掲載[5]して以降、これが次第に定着した。 ただ、桃の割れる経緯については「たんす」や「戸棚」や「臼」に入れておいた桃が自然に割れて男児が誕生するなど、民間での語り伝えは一様でなかった[6]


その後も語り、絵共に様々な版が生まれ、また他の創作物にも非常に数多く翻案されたり取り込まれたりした。落語の『桃太郎』などもその一例である。

伝播・派生編集

太平洋近海の国に伝わるおとぎ話に「樽」や「果実」の中に入った子供が出てくる話が多数あり、日本人の先祖の一つに海洋民族があることを示している証拠だとする説もある。

・岡山県を中心とした地域には、横着な性格と大力を持った隣の寝太郎型の桃太郎も多い。鬼退治にしても鬼を海中に投げ宝物をとって帰ったり鬼に酒を飲ませて退治する例もある[6]

香川県高松市鬼無町では桃太郎が女の子だった、とする話がある。おばあさんが川から持ち帰った桃を食べ、若返ったおじいさんとおばあさんに子どもができ、男の子のように元気のいい女の子が生まれる。そして、あまりに可愛いので鬼にさらわれないよう桃太郎と名づけ育てた、というもの[7]。成立の経緯は、讃岐国司だった菅原道真が「稚武彦命が三人の勇士を従えて海賊退治をおこなった」という話を地元の漁師から聞き、それをもとにおとぎ話としてまとめたものであるという[8]

岩手県紫波郡には母親の腰近くに転がってきた桃を拾って帰り、綿に包み寝床に置いておいたら桃が割れ子供が生まれた桃の子太郎という伝承や、越後佐渡(現・新潟県)の「桃太郎」では桃の代わりに香箱が流れてきたとあり、この香箱は女性の陰部の隠語でもあるという[9]

岩手県の別の語りでは、桃太郎は父母が花見に行った時に拾った桃から誕生。地獄の鬼から日本一の黍団子を持って来いと命じられ、地獄へ行き鬼が団子を食べているすきに地獄のお姫様を救う。婚姻譚を伴う桃太郎である[3]

福島県の桃太郎も山向こうの娘を嫁にする話。きび団子の代わりに粟・稗の団子の設定の高知県の話。またお供も猿・犬・雉ではなく石臼・針・馬の糞・百足・蜂・蟹などの広島愛媛県の例もある。地方には多様なバリエーションがある[3]

・東京北多摩(現・東京都多摩地域北部)地方には蟹・臼・蜂・糞・卵・水桶等を家来にする話があり、これは明らかに猿蟹合戦の変型とする見方もある[10]

山梨県大月市には「岩殿山九鬼山という説もある)に住む鬼が里山の住民を苦しめていた」「百蔵山には桃の木が生い茂り、そこから川に落ちた桃をおばあさんが拾い持ち帰った」「上野原市の犬目で犬、鳥沢でキジ、猿橋でサルを拾った」等のいわゆる「大月桃太郎伝説」が存在する[11]

南西諸島沖永良部島鹿児島県大島郡)では「桃太郎」は「ニラの島」へ行ったという。龍宮であるニラの島で島民はみな鬼に食われていたが、唯一の生存者の老人の家に羽釜があり、そのふたの裏に鬼の島への道しるべが書かれており、その道しるべどおり地下の鬼の島へ行き、鬼退治に行く筋書きである[12]

沖縄県宮古島の古謡「仲宗根豊見親八重山入の時のあやご」では、1500年オヤケアカハチの乱に参戦した豪族の一人に桃多良(むむたらー)の名があり、この時期までの沖縄への桃太郎伝承の伝播の可能性が論議されている。

その他編集

・語り部によって、桃が川に流れている描写を「どんぶらこっこ すっこっこ」、「どんぶらこ どんぶらこ」などと表現する。

・桃太郎の物語りはインドの有名な叙事詩ラーマーヤナ」の影響を受けたという説もある。桃太郎に登場する猿は、西遊記に登場する孫悟空と同様に、ラーマーヤナの中のハヌマーンがモデルとする説である。

・桃太郎の対的説話としては瓜から生まれた瓜子姫が指摘され、沖縄県久高島には黄金の瓜から生まれた男子が後の琉球王(西威王とされる)となったという伝説のバリエーションもある[13]

解釈編集

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上流から流れてきた桃を食べて老夫婦が若返ったというくだりは、西王母伝説、あるいは日本神話イザナギ神産み#黄泉の国にみられるように、桃が邪気をはらい不老不死の力を与える霊薬である果実とされていることと関連する。桃太郎を齎した桃は、こうした力のある桃が山から流れて来たものとも考えられる。 瓜や橘の実でなく、特に桃である理由について、奥田継夫は著書『どこかで鬼の話』で「桃は大昔より数少ない果物であり、においや味、薬用性および花の美しさがそろい、紅い小さな花と豊潤な果実を付けるところが不老不死のイメージにぴったりであり、人に利益を与え死の反対の生のシンボルを思わせ、その中でも特に桃の実が柔らかくみずみずしく産毛、筋目から命の源の女性器に似ているからであり、そのイメージには邪悪な鬼を退散させる力を感じさせるからであろう」としている。[14]

桃そのものが女性であったという解釈もある。おばあさんが拾ってきたのは、大きな桃ではなく若い娘であり(桃は若い娘の尻の象徴)、子供が出来ず悩んでいたおばあさんは、拾ってきた娘におじいさんの子供をはらませ、その娘から子供を取り上げた(=桃を割る)という。

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鬼は、風水ではの間の方角(北東)である「鬼門」からやって来ると考えられていることから、敵役である鬼が牛のような角を生やし、虎の腰巻きを履いているのも、風水の思想によるという解釈もある。

猿・雉・犬編集

桃太郎は「鬼門」の鬼に対抗して、「裏鬼門」に位置する十二支(十二支は方角も表す)の動物((サル)、(トリ=キジ)、(イヌ))を率いた、という解釈がある(曲亭馬琴「燕石雑志」など)。

吉備津神社縁起物語によると、吉備津彦命が、犬飼部の犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)、猿飼部の楽々森彦命(ささもりひこのみこと)、鳥飼部の留玉臣命(とめたまおみのみこと)という三人の家来と共に、鬼ノ城に住む「鬼」である温羅を倒したとされているが、この家来たちを桃太郎の逸話に置き換えると「犬飼健=犬」「楽々森彦=猿」「留玉臣= 雉」となるとする説がある。

物語編集

桃太郎の深層に対して最初に学問的なメスを入れたのは民俗学者・柳田國男である。柳田の主眼は昔話に日本の固有信仰の姿を再発見することにあった。 桃から生まれた桃太郎の背後には一寸法師、瓜子姫などのような異常誕生・成長の「小さ子」の物語が想定でき、川上から流れる桃の展開から異界の存在と水辺との関連を、それらを統率する存在として水辺の「小さ子」 「海神少童」伝承に繋がり、最終的には、ガガイモの皮の船に乗り波の流れに沿って流れついたスクナヒコナ神話へと結びつくのである。柳田はここで、昔話とはかつての神話の零落した一つの姿であると言っている。 視点を変えれば異常出生の神の子が共同体から除外されつつも異郷に赴く「英雄神話」が抽出できる[3]。 また柳田は『桃太郎の誕生』の中で、古代ローマのミトラ教神話には、少年の姿をしたミトラ神が犬やサソリを伴って猛牛を退治する話があり、同類型の話が日本以外にも存在するとも述べている。

桃太郎を文化人類史的視点から見たのが文化人類学者・石田英一郎である。 『桃太郎の母』において、「水界の小さき子」の影に「水界の母子神」の存在がつきまとうと見いだし、南方の島々や太平洋周辺の諸民族の伝説の研究へと行き着く。 浜辺に神の子を産み残していく「豊玉姫型の伝承」や南風に身を晒して子を産む「女護が島型の説話」などのユーラシア大陸旧石器時代の文化との関連へと石田の「桃太郎の母」探しは発展していき[3]、遠い昔に信仰された原始母神とその子神とにまつわる霊童の異常出生譚的な神話の想定に至る[6]

神話学者・高木敏雄は『桃太郎新論』で出自そのものの桃に着眼し、「梨太郎」・「林檎太郎」でなくなぜ桃太郎なのかにこだわった。桃太郎を「英雄伝説的童話」と位置づけ、桃は前述のように邪気を祓う霊物であり、長生不老の仙果であり、太郎が老夫婦に育てられるのと桃が不老長寿の果物であることは無関係でないと述べている[3]

民俗学者・関敬吾は鬼が島征伐の冒険的行為に社会慣習としての通過儀礼である成年式が反映していると考えた[6]

評価・変遷編集

福澤諭吉は、自分の子供に日々渡した家訓「ひゞのをしへ」の中で、桃太郎を次のように非難している。

「もゝたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや。たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり。ぬしあるたからを、わけもなく、とりにゆくとは、もゝたろふは、ぬすびとゝもいふべき、わるものなり。もしまたそのおにが、いつたいわろきものにて、よのなかのさまたげをなせしことあらば、もゝたろふのゆうきにて、これをこらしむるは、はなはだよきことなれども、たからをとりてうちにかへり、おぢいさんとおばゝさんにあげたとは、たゞよくのためのしごとにて、ひれつせんばんなり。」

(桃太郎が鬼ヶ島に行ったのは宝をとりに行くためだ。けしからんことではないか。宝は鬼が大事にして、しまっておいた物で、宝の持ち主は鬼である。持ち主のある宝を理由もなくとりに行くとは、桃太郎は盗人と言うべき悪者である。また、もしその鬼が悪者であって世の中に害を成すことがあれば、桃太郎の勇気においてこれを懲らしめることはとても良いことだけれども、宝を獲って家に帰り、お爺さんとお婆さんにあげたとなれば、これはただ欲のための行為であり、大変に卑劣である)

現代でも「本当は鬼が島に押しかけた桃太郎らが悪者ではないか」と考える者はおり、裁判所等で行われる模擬裁判の事例やディベートの議題として取り上げられる場合がある[15]

芥川龍之介をはじめとして、尾崎紅葉正岡子規北原白秋菊池寛などの著名な作家たちも競って桃太郎を小説の題材にしており、桃太郎が「日本人」の深層心理に与えている影響の大きさがうかがえる[3]

太平洋戦争の際には桃太郎は軍国主義という思想を背景に、勇敢さの比喩として語られていた。この場合桃太郎は「鬼畜米英」という鬼を成敗する子としてスローガンに利用された。 戦時中には孝行・正義・仁如・尚武・明朗などの修身の徳を体現した国民的英雄として、大正期の童心主義では童心の子として、プロレタリア主義では階級の子、また戦後になると民主主義の先駆として語られる[6]など、桃太郎はしばしば国民の模範として描かれてきた。

近現代においては、「桃太郎」というネーミングはジェンダーバイアスを押し付けるものだとし、主人公が「桃子」になっているものも存在する(次に挙げられる『モモタロー・ノー・リターン』の主人公も「桃子」である)。 男性であるお爺さんが「山へ柴刈りに」、女性であるお婆さんが「川で洗濯」をするという点についてもジェンダー的な作業分担の現れと見て、それに異を唱えている団体がある。例えば「北名古屋市女性の会男女共同参画委員会」は名古屋弁の創作劇『モモタロー・ノー・リターン』を作成しており、この作品の中では両者の役割を逆転させている(男性であるお爺さんが「川で洗濯」に、女性であるお婆さんが「山へ柴刈り」に行く)。

NHK教育テレビの番組「おはなしのくに」で放映されたもの(出演・朗読はFLIP-FLAP)では桃太郎は「乱暴者で親の手伝いをしない怠け者」であり、村を襲ってきた鬼に育ての親のお婆さんが襲われたことで目が覚め、鬼ヶ島の鬼たちを懲らしめる。現代的な問題提起要素を加え、「やればできる」という教訓付きのストーリーになっていた。

「暴力的な話」だとして、絵本や子供向けの書籍では「鬼退治」ではなく「話し合いで解決した」などと改変されている。しかし、この場合、どこからどうして金銀財宝が出てくるのか、判然としない。また、「金銀財宝」の獲得、つまり経済的成功こそが正義とする思想も価値観が多様化する現代においては受け入れられ難くなっている。[要出典]

宝はすべて、もともとは村人のものであり、宝は「取り返しにいく」と改変されているDVDも存在する。このDVDでは、宝はすべて元の持ち主の村人に返している。そして、宝を取り返してもらった村人は、その一部をお礼として、桃太郎とお爺さんとお婆さんに渡している。桃太郎達は、お礼の宝をたくさんいただいて幸せに暮らした、となっている。[要出典]

近年、桃太郎も他の日本の昔話、グリム童話同様に、『本当は怖い昔話』などで書籍化、出版され、官能話あるいは残酷話として、意図的に話が曲解されているものもある。

唱歌編集

唱歌「桃太郎」は、文部省唱歌の1つ。1911年(明治44年)の「尋常小学唱歌」に登場。作詞者不明、作曲・岡野貞一

  • 桃太郎
    1. 桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた黍団子、一つわたしに下さいな。
    2. やりましょう、やりましょう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりましょう。
    3. 行きましょう、行きましょう、貴方について何処までも、家来になって行きましょう。
    4. そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。
    5. おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。
    6. 万万歳、万万歳、お伴の犬や猿雉子は、勇んで車をえんやらや。

暴力性を感じさせるという理由[要出典]からか、現在では歌詞が改変されたり、後半部を削除したりする場合が多い。これと似たような経緯で後半部を削除された童謡に、てるてる坊主がある。両者とも、歌詞の意外性・残酷性が『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』で取り上げられたことがある。

また、上記に比べ知名度は劣るが、作詞・田辺友三郎、作曲・納所弁次郎による「モモタロウ」もある。

  • モモタロウ
    1. 桃から生れた桃太郎、氣はやさしくて力持、鬼ケ島をばうたんとて、勇んで家を出かけたり。
    2. 日本一の黍團子、情けにつきくる犬と猿、雉ももらうてお供する、急げ者どもおくるなよ。
    3. 激しいいくさに大勝利、鬼ケ島をば攻め伏せて、取つた寶は何々ぞ、金銀、珊瑚、綾錦。
    4. 車に積んだ寶もの、犬が牽き出すえんやらや、猿があと押すえんやらや、雉がつな引くえんやらや。

吉備団子編集

吉備団子は、きび団子にちなんで江戸末期に売り出された物。吉備とは、備前備中備後美作地方の古名で、現在の岡山県にあたる(備後は広島県)。

関連書籍編集

  • 柳田国男『桃太郎の誕生』1933年 (昭和8年)(角川文庫 1983年(昭和58年))
  • 滑川道夫『桃太郎像の変容』東京書籍 1981年(昭和56年)
  • 野村純一『新・桃太郎の誕生 日本の「桃ノ子太郎」たち』吉川弘文館 2000年(平成12年)
  • 芥川龍之介『桃太郎』(サンデー毎日の臨時増刊 1924年(大正13年)7月) - #外部リンク節に青空文庫への本文リンクあり。

桃太郎に関連する作品編集

『桃太郎』の話を原案とした作品編集

桃太郎をベースとしたフィクション作品も参照。

『桃太郎』の後日談、子孫、転生を描いた作品編集

  • 桃太郎元服姿
    • 安永8年(1779年)に発表された人情本。作者は市場通笑[19]。桃太郎に退治された鬼が桃太郎を暗殺するため鬼娘を召使いとして桃太郎の家に送り込むが、鬼娘は桃太郎と暮らすうちに恋心を抱く。桃太郎への片思いと暗殺命令の板ばさみに苦しんだ鬼娘は自刃して命を絶つ。庶民の間で広く親しまれていた『桃太郎』にはいくつかの続編(二次創作物)があり本作もその一つである。
  • 桃太郎地獄変
    • 石川賢の漫画。鬼を征伐した後の凄惨な仲間割れが描かれている。鬼が島の掃討場面でも、女・子供に容赦していない。
  • THE MOMOTAROH
  • つっぱり桃太郎
  • 桃組+戦記
  • 燃えろ!熱血リズム魂 押忍!闘え!応援団2
    • かつて鬼を退治した勇者として「岡山桃太郎」が登場。すっかり年をとっており74歳の爺さんになっている。
  • 風が如く
  • 殲鬼戦記ももたま
    • 黒乃奈々絵の漫画。桃太郎、犬、猿、雉の生まれ変わりが登場し、登場人物のほぼ全てが犬、猿、雉の特性を持つ。
  • 桃次郎の冒険
    • 劇団四季のミュージカルで阪田寛夫の小説「桃次郎」が原案。「桃太郎」の紙芝居にケチをつけた少年・桃山次郎が桃太郎の弟・桃次郎となって紙芝居の世界に入り再び鬼退治に旅立つが、鬼たちと仲よくなるという物語。おじいさんとおばあさんが桃太郎の活躍以降欲深い性格になっていたり、家来の犬、猿、雉はぐれていて全くやる気がなかったり、鬼たちは実は善良な種族で彼らに取っては鬼ヶ島に乗り込んでたくさんの鬼を殺し財宝を奪っていった桃太郎の方が悪だったりと、善悪が逆転したような世界観が特徴。また桃次郎の弟の桃三郎(桃山三郎)も登場し、鬼の友達になった桃次郎と対立することになる。
  • 鬼灯の冷徹
    • 江口夏実の漫画。死後の世界の住人として登場。桃太郎は桃源郷で薬剤師見習い、犬、猿、雉は地獄で獄卒として働いている。
  • 鬼武者
    • カプコンのアクションゲームシリーズ。鬼ヶ島を制圧した桃太郎として人々に語り継がれている高等幻魔ゴーガンダンテスが登場する。

上記以外で人物関係などの設定を引用している作品編集

  • 桃太郎の海鷲』 - 1943年3月25日に公開されたの国産アニメ。
  • 桃太郎 海の神兵』 - 1945年4月12日松竹動画研究所により公開された日本の長編アニメ。この時期軍部が提供した潤沢な予算はアニメーション技術の向上に繋がったとの評価がある。
  • 魔法のプリンセス ミンキーモモ』 - 主人公(モモ)とお供の3匹(犬、サル、鳥)の構成は、桃太郎をモチーフとしたものである。
  • 『どんぶらこ』- 山下文吾による漫画。
  • Dancing Blade かってに桃天使!』 - 株式会社コナミ販売のアドベンチャーゲーム
  • 獣戦士ガルキーバ』 - 主人公(桃矢)と3匹のアニマノイド(犬())、サル(ゴリラ)、)のキャラクター設定は、桃太郎をベースとしており、さらにこれに金太郎が加わる。
  • 『桃にキッス!』 - 川村美香の漫画。鬼を封印する役目を担った主人公とその恋人の仲間3人が、それぞれ犬、猿、雉に変身できる能力を持っている。
  • シャキーン』 - MCの1人のモモエは桃の妖精と言う設定でありピンク色の女の子であるが16代目桃太郎と名乗っている。「おしえてモモエさん」のコーナーで犬キジ猿からの質問に答えている。「鬼チューブ」のコーナーは三匹の鬼による配信風のコーナーであるが、モモエは彼らを敵視している[20]
  • 一血卍傑』- 鬼退治をし、金銀財宝を手に入れた後のモモタロウが登場する。吉備津彦の設定を加えられており、吉備津神社に奉納されている長船法光の太刀を持ち、鬼ヶ島ではなく鬼ノ城(読み方は「おにのしろ」)で鬼退治をしたこととなっている。若くして名をあげたため、自分が最強だと思い込んでいる。しかし、正義感が強く、平和を乱すものは許さないが、少々行き過ぎたところがある。
  • ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』 - 神山健治によるアニメ。

派生用語編集

選挙編集

野菜編集

菓子編集

鉄道編集

航空編集

行政編集

企業編集

  • 株式会社桃太郎(桃太郎映像出版、桃太郎ピクチャーズ)は日本のビデオ製作会社
  • 株式会社 ジャパンブルー - 「桃太郎ジーンズ」というブランドを展開
  • 株式会社ランシステム - コンピュータゲーム販売「TVゲームショップ桃太郎」、ゲームセンター「アミューズメント桃太郎」を展開。
  • 有限会社桃太呂 - 長崎県長崎市豚まんを製造・販売する企業。

ゲーム編集

店名編集

  • ビデオ・DVD試写・販売店に桃太郎と言うチェーン店が大阪各地にある。
  • 和歌山県和歌山市にあるオークワ本社中島店とオークワ本社とTSUTAYAWAYオークワ本社店とウェイオークワ本社店の近くにももたろうと言う豚カツ屋がある。
  • 三重県四日市市及び菰野町におにぎり・弁当店のチェーン店「おにぎりの桃太郎」がある。

脚注編集

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  1. ^ トラベルガイドHP 2015
  2. ^ 桃太郎温泉HP 2015
  3. ^ a b c d e f g h 吉成勇編 『歴史読本特別増刊・事典シリーズ〈第16号〉日本「神話・伝説」総覧』 新人物往来社1992年、274-275頁。
  4. ^ 『日本の民話』(角川書店
  5. ^ 尋常小学読本 一 第二十六課~第二十八課 (国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ a b c d e 野村純一他編 『昔話・伝説小事典』 みずうみ書房1987年、254-255頁。ISBN 4-838-03108-4
  7. ^ 食卓日本昔話. “桃太郎パーティー”. 2018年9月28日閲覧。
  8. ^ うどん県旅ネット. “桃太郎神社(熊野権現) 桃太郎と三人の勇士、爺婆の墓や石碑がある。鬼無桃太郎伝説は稚武彦命が三人の勇士を従えて海賊退治をおこ…”. 2018年9月28日閲覧。
  9. ^ 五来重 『鬼むかし 昔話の世界』 角川書店〈角川選書〉、1991年、230-231頁。ISBN 978-4-04-703209-5
  10. ^ 『鬼むかし 昔話の世界』、238頁。
  11. ^ JR東日本. “駅長のおすすめ情報 大月駅”. 2014年11月8日閲覧。
  12. ^ 『鬼むかし 昔話の世界』、216頁。
  13. ^ 『カラー沖縄の民話と伝説』88~90項、月刊沖縄社
  14. ^ 奥田継夫著『どこかで鬼の話』京都人文書院1990年、38頁、42頁。ISBN 4-409-16048-6
  15. ^ 作品としては、民話の出来事を裁判員制度の題材とした漫画『裁判長! 桃太郎は「強盗致傷」です!』相川タク(漫画) 小林剛(弁護士)(監修)が有る
  16. ^ 久世番子『よちよち文藝部』文藝春秋、2012年10月、50頁
  17. ^ キウイフルーツから桃太郎!?親子で楽しめるエクストリーム絵本 「ありえない日本昔話“桃?太郎”」公開!、ダ・ヴィンチニュース、2015年6月26日。
  18. ^ ファッションリーダーにレスラー風の桃太郎!? 『ありえない日本昔話“桃?太郎”』web公開開始!、マイナビウーマン、 2015年6月29日 17:00。
  19. ^ 桃太郎元服姿 2巻 古典籍資料 市場通笑国立国会図書館デジタルコレクション
  20. ^ シャキーンのHP http://www.nhk.or.jp/kids/program/shakiin_ca.html
  21. ^ 100番台の一部が岡山区の他新鶴見機関区及び吹田機関区に、300番台が広島機関区に所属している。

関連項目編集

外部リンク編集