森たけし

森武史から転送)

森たけし(もり たけし、1959年12月2日 - )は、日本フリーアナウンサー、株式会社 M chan(もりちゃん)代表取締役。元読売テレビ執行役員待遇編成局エグゼクティブアナウンサー京都学園大学特別招聘客員教授[1]。本名は森 武史(読み同じ)。

もり たけし
森 たけし
プロフィール
本名 森 武史
愛称 森ちゃん
出身地 日本の旗 東京都品川区
生年月日 (1959-12-02) 1959年12月2日(60歳)
血液型 A型
最終学歴 青山学院大学経済学部
勤務局 読売テレビフリー
所属事務所 株式会社 M chan
職歴 読売テレビアナウンサー
(1983年4月 - 2020年3月)
フリーアナウンサー
(2020年4月 - )
活動期間 1983年 - 現在
ジャンル バラエティ番組情報番組
配偶者 あり
出演番組・活動
出演中 朝生ワイド す・またん!ZIP!
出演経歴 大阪ほんわかテレビ
備考
京都学園大学特別招聘客員教授(2016年5月 - )

東京都品川区出身。青山学院大学経済学部経済学科卒業。京都市在住。

来歴編集

大学では落語研究会に所属。「六代目火の見家はん生」(ひのみやはんしょう)という高座名を付けられていた。落語研究会の先輩に遠藤彰良(元四国放送アナウンサー・元徳島市長)がいる。また、友人と「青山一浪・二浪」という漫才コンビを結成したうえで、『TVジョッキー』や『笑ってる場合ですよ!』に出演。後者は5日(月曜 - 金曜)勝ち抜きチャンピオンとなったことがある[2]

「青山一浪・二浪」としてのプロデビューを目指していたが、相方の就職を理由に断念したことがきっかけで、当時落語研究会出身者を対象にアナウンサーを募集していた読売テレビの入社試験を受験。1983年4月付で、アナウンサーとして入社した。森が後年回顧したところによれば、当時のアナウンス部長・下山英三が前述した素人参加番組を通じて森の存在を知っていたことが、入社のきっかけになったという。同期入社組に、アニメプロデューサー諏訪道彦や、現役アナウンサー(編成局アナウンス副部長)の牧野誠三がいる。

若手アナウンサー時代には、『サスペンスゲーム わくわくサンド』のナレーターを皮切りに、『お笑いネットワーク』などの演芸番組を担当。『週刊トラトラタイガース』(阪神タイガースの情報番組)のサブキャスターを務めたほか、読売テレビが日本国内(日本テレビ系列の一部加盟局)向けに全豪オープンテニスの中継を制作していた時期に、女子シングルス準決勝・決勝の中継で実況を担当したこともある。後に『ズームイン!!朝!』の司会へ異動。スポーツコーナーで、当時の先輩アナウンサー・辛坊治郎とともに「なんぎやなぁ」という台詞で阪神の不振をぼやき続けたところ、1987年新語・流行語大賞流行語部門の銀賞を受賞した。1989年には、辛坊とのコンビで阪神の応援ソング『負ける気せんね』をリリース。2000年7月から2005年8月までは、当時の後輩アナウンサー・中元綾子、解説委員へ昇進した辛坊と共に『あさイチ!』の司会を務めた。

2009年12月1日には読売テレビがストライキに入ったため、当時アナウンス部長であった森が『ズームイン!!SUPER』のローカルコーナーに出演したほか、森若佐紀子が担当する地上デジタル推進大使の代打として『ちちんぷいぷい』(毎日放送)に出演した。

アナウンサー業務のかたわら、2009年1月から1年間にわたって、編成局のアナウンス部長職を兼務。かつて『ズームイン!!朝!』でコンビを組んだ辛坊と共同で、2010年度から『朝生ワイド す・またん!』(以下『す・またん』と略記)のメインキャスターを始めた。同時に、アナウンサーとの兼務扱いで、編成局情報番組センター情報番組部専門部長へ就任。後に、編成局アナウンス部局次長を経て、情報スポーツ局情報番組センター次長としてアナウンス部を離れた。エグゼクティブアナウンサーへ就任後も、役員待遇ゆえにアナウンス部には所属していなかったが、読売テレビのアナウンサー公式ページには2017年8月までプロフィールが掲載されていた。

在阪民放他局のラジオ番組へ出演する機会も多く、毎日放送(MBSラジオ)では『上泉雄一のFANFANレディオ』でスタジオ生出演、『上泉雄一のええなぁ!』(以下『ええなぁ!』と略記)で電話での生出演をそれぞれ経験。2011年2月15日には、後輩アナウンサー・川田裕美とともに、上泉がパーソナリティを務める生放送番組『音楽の時間ですょ』の全編にゲストで登場した。同年8月30日(火曜日)には、『す・またん』の生出演を終えてから、生放送の『ええなぁ!』で上泉のパートナーを担当。2012年6月21日(木曜日)にも、後輩アナウンサーの虎谷温子と一緒に『ええなぁ!』へ出演している。2014年3月4日(火曜日)には山本浩之がパーソナリティを務める『ヤマヒロのぴかいちラジオ』にゲストで出演。2017年にも、3月26日(日曜日)に『茶屋町ヤマヒロ会議』(山本がパーソナリティを務める収録番組)、11月6日(月曜日)に『ええなぁ!』16時台「お父さんのためのトレンディ講座」へ単独で登場している。2018年11月8日(木曜日)には、『次は〜新福島!第2章=めばえ=』(上泉の部下・後輩アナウンサー福島暢啓の冠番組)内の「ラジオ博愛主義!パイセンがやってきた!」(20時台)に、「パイセン」(放送業界における福島の先輩ゲスト)として出演した。

朝日放送ラジオでも、『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』(『ドキハキ』という略称を持つの生ワイド番組)の公式ツイッターに参加するほか、『桑原征平粋も甘いも』(『ドキハキ』の次枠で水・木曜日に放送されている生ワイド番組)宛てに電子メールで送信したメッセージを紹介されたことがある。2017年3月15日(水曜日)には、『す・またん』の本番終了後に、気象キャスターの斉藤雪乃を伴って『ドキハキ』と『粋も甘いも』に相次いで出演した。

2019年12月の誕生日で読売テレビの定年(60歳)に達したことから、2020年3月31日付で同社を定年退職。退職を機に、「株式会社M chan(もりちゃん)」という個人事務所を設立するとともに、森たけしという名義でフリーアナウンサーへ転身した[3]。なお、転身後も『す・またん』のメインキャスターを継続。その一方で、4月6日(月曜日)放送分の『ドキハキ』にゲストで出演したこと[4]を皮切りに、在阪他局が制作する番組にも活動の場を広げている[5]

人物編集

メガネがトレードマークで、愛称は森ちゃん。読売テレビのアナウンサー時代には、報道以外の番組に森たけし名義で出演していた(ズームインではたけし名義だったが、当時の中継局アナでは福岡放送古賀ゆきひと(本名は之士、現在は参議院議員)、静岡第一テレビ森きく子(本名は喜久子、現在は日テレ学院副学院長)、西日本放送植松おさみ(本名は修幹、現在はフリーで香川県のローカルタレント)も同様で局アナだが、芸名での出演。辛坊の後任で森と一緒に読売テレビ中継キャスターをやっていた萩原章嘉(現在は読売テレビアナウンス部長)もズームイン出演時は萩原あきよし名義(「プロ野球イレコミ情報」はハギー名義)で出演していた。ズームインと同時期に出演していた『2時のワイドショー』では本名の武史名義だった)。フリーアナウンサーへの転身後も、森たけしとして活動する。

本人がフリーアナウンサーへ転身した直後に語ったところによれば、テレビ単営局の読売テレビでは、アナウンサー生活の危機に何度も見舞われていたという。入社1年目には、大阪市長選挙投・開票日(1983年12月19日)の正午前に担当した『よみうりニュース』で立候補者の氏名を読み間違えたところ、同局の新人アナウンサーとしては初めての譴責処分を受けた。処分期間は3ヶ月間で、期間中は放送で顔ばかりか声を出すことすら許されず、内勤に専念した。1995年1月17日に発災した阪神・淡路大震災の直後にも、当時のレギュラー番組との兼ね合いなどを背景に、管理職の方針で自宅待機を一時余儀なくされている。その一方で、ラジオパーソナリティへの憧れが強く、若手時代には(毎日放送や当時の朝日放送のような)テレビ・ラジオ兼営局への移籍を一時模索していた。結局、管理職や(本人曰く)「企業内自由人」として定年まで読売テレビに勤務できたことから、定年を機にフリーアナウンサーへ転身することを決意。転身後は、「フリーターアナウンサー」と称して自分のペースを維持しつつ、ラジオパーソナリティとして午後帯の番組にレギュラーで出演することを目標に挙げている。ちなみに、転身を機に設立した個人事務所の名前に「chan」(ちゃん)を入れたのは、「ちゃんとしよう」という意味を込めていることにもよるという[3]

趣味は阪神タイガースの応援、競馬ゴルフ。女性アイドルファンでもあり、板野友美(元AKB48)やKARA少女時代が好きで、モーニング娘。時代からの安倍なつみファンであることも公言している。また、石川柊太福岡ソフトバンクホークス投手)は、出身中学校の後輩に当たる。

中学生時代には、バレーボール部で活動。その一方で、学生時代には『イルカのオールナイトニッポン』『海援隊のオールナイトニッポン』(いずれもニッポン放送)に電話で1度ずつ出演した経験を持つ。

読売テレビのアナウンサー時代には、担当番組の企画で、フルマラソンに2度参加している。初挑戦は、1997年2月の第3回泉州国際市民マラソンだったが、11km地点で制限時間に達しなかったため、リタイアを余儀なくされた。2011年10月30日には、第1回大阪マラソンへ出場。出走前から足を痛めたため万全の状態ではなかったが、制限時間約5分前の6時間54分55秒で初めて完走した。

朝日放送アナウンサーの三代澤康司、毎日放送アナウンサーの柏木宏之上泉雄一とは、読売テレビのアナウンサー時代から放送局の枠を越えて交流がある。三代澤や上泉が担当するラジオ番組でも森のことが話題になるほか、フリーアナウンサー山本浩之とも関西テレビのアナウンサー時代から親交が深い。STVラジオ取締役エグゼクティブアナウンサーの木村洋二とも、新人アナウンサー時代に日本テレビ系列の合同研修で同席(木村は当時の札幌テレビ放送から参加)したことを機に、交流を続けている。

無類のラーメン好きで、MCを務める『朝生ワイド す・またん』では、「森ちゃんの関西ラーメンファイル」という冠コーナーも担当。2017年以降の毎年11月には、同番組からの派生イベントとして、読売テレビの本社に近い大阪城公園で「森ちゃんのラーメンフェスタ」を開催している。森自身も、このイベントのコンシェルジュとして、同局のアナウンサー時代から他のレギュラー番組、特別番組、在阪他局の番組へ随時出演している[6]

シュウマイも大の好物。読売テレビのアナウンサー時代には、川藤幸三(阪神のOB会長で元・外野手)から勧められたことをきっかけに、新幹線で東京への出張から帰るたびに崎陽軒シウマイ弁当を購入していたという。2016年には、『朝生ワイド す・またん』の企画で嘉門達夫(現在の嘉門タツオ)と共に「崎陽軒シウマイ弁当の歌」を作詞したほか、嘉門のアルバム「食のワンダーランド~食べることは生きること~其の壱"」(同年12月10日リリース)向けの収録にコーラスで参加(クレジット上は「嘉門達夫 duet with 森たけし」と表記されている)。この曲は後に、崎陽軒から公認されている[7]

出演番組編集

※は読売テレビ時代からの出演番組。

現在編集

過去編集

ディスコグラフィ編集

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ 読売テレビの森武史アナウンサーが本学特別招聘客員教授に就任しました(京都学園大学2016年5月16日付ニュースリリース)
  2. ^ 森ちゃんのテレビの味方 #004 「視聴者参加番組」
  3. ^ a b “読売テレビを定年退職の森たけしアナウンサーがフリーに転身「ラジオやってみたいしコマーシャルも出てみたい」”. nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. (2020年3月17日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202003170000460.html 2020年3月17日閲覧。 
  4. ^ “読売テレビ・森たけしアナウンサー 4月からフリー転身「ニュー森ちゃんを楽しんで」”. スポーツ報知. 報知新聞社. (2020年4月16日). https://hochi.news/articles/20200415-OHT1T50239.html 2020年4月16日閲覧。 
  5. ^ “読売テレビ・森たけしアナウンサー 4月からフリー転身「ニュー森ちゃんを楽しんで」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. (2020年3月17日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/03/17/kiji/20200317s00041000143000c.html 2020年3月17日閲覧。 
  6. ^ 「森ちゃんのラーメンフェスタ2018」は昨年よりパワーアップ! 森たけしアナが明かす注目ポイント「豪勢なトッピングと森ちゃんバンド」(『ORICON NEWS2018年11月8日付記事)
  7. ^ 「崎陽軒シウマイ弁当の歌」嘉門達夫&森アナが番組で制作、社長に談判し公認ソングに-関西人もLOVEな魅力とは(『産経WEST2016年12月15日付記事)

外部リンク編集