植竹 英次(うえたけ ひでつぐ、1962年1月5日 - )は、日本の放送作家浅井企画所属[1]

東京都出身。獨協大学法学部[1]に在籍中、青年座の養成所で演劇の道を目指していた一方で、作家願望もありシナリオセンターでも学んでいた。そんな中、浅井企画の放送作家募集記事に応募し採用される。その後、所属していた萩本欽一のマネージャーに声をかけられ、書いたもの(作品)を見せると気に入られ、萩本に直接ついて修業がすることとなった。植竹本人によると、「萩本から一から原稿の書き方を教わった唯一の弟子」であるという。バラエティや情報番組に携わってきた[2]

脚注編集