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榎本 憲男(えのもと のりお、1959年 - )は、日本の映画監督脚本家映画プロデューサー小説家、、シナリオアナリスト、元劇場支配人である[1][2][3][4][5][6]。脚本家としてのペンネームにEN(イー・エヌ)がある[1][2][4][5]ENBUゼミナール映画監督コース講師(講座「脚本入門」)[6]

えのもと のりお
榎本 憲男
本名 榎本 憲男
別名義 EN
生年月日 1959年
出生地 和歌山県
国籍 日本の旗 日本
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー小説家シナリオアナリスト
ジャンル 映画
活動期間 1987年 -
活動内容 1987年 銀座テアトル西友オープニングスタッフ
1997年 プロデューサーデビュー
2004年 脚本家デビュー
2011年 映画監督・小説家デビュー
主な作品
監督
見えないほどの遠くの空を
脚本
ワイルド・フラワーズ
オーバードライヴ
『見えないほどの遠くの空を』
プロデュース
犬猫

目次

人物・来歴編集

1959年(昭和34年)、和歌山県に生まれる[4][7]和歌山県立田辺高等学校青山学院大学卒業後、西友に入社[8]

1987年(昭和62年)、銀座テアトル西友(現在の銀座テアトルシネマ)のオープンを手がけ、1988年(昭和63年)、同劇場支配人に就任する[5]。同劇場を経営する東京テアトルの各劇場に勤務のかたわら、脚本を独学で学び、1991年(平成3年)、日本アート・シアター・ギルドの名を冠した脚本賞に応募、ATG脚本賞特別奨励賞を受賞する[5][7]。その後、脚本家の荒井晴彦に師事する[5]

1995年(平成7年)、テアトル新宿支配人に就任する[5]。1997年(平成9年)に公開された映画『身も心も』(監督荒井晴彦)で映画プロデューサーとしてデビュー[2][3][4][5]、1998年(平成10年)、同社の番組編成に異動、その後、組織上でもプロデューサーとなる[5]。2004年(平成16年)には、小松隆志監督の『ワイルド・フラワーズ』や筒井武文監督の『オーバードライヴ』をプロデューサーとして手がけ、かつそれらの作品にEN名義でオリジナル脚本を提供し、脚本家としてもデビューする[1][2][4][5]。ENBUゼミナール映画監督コース講師に就任、脚本についての教鞭をとる[6]

2010年(平成22年)、同社を退社[5][7]、個人事務所ドゥールーを設立し、映画監督としてのデビュー作『見えないほどの遠くの空を』を製作開始、翌2011年(平成23年)、同作の配給を手がけた[1][3][4][5]。同年、同作のノヴェライズを自ら執筆、同年3月4日に映画の公開に先駆けて小学館文庫から発売され、小説家としてもデビューした[7]。2016年(平成28年)、『エアー2.0』で第18回大藪春彦賞候補となる。

フィルモグラフィ編集

インターネット・ムービー・データベース[1]日本映画データベース[2]キネマ旬報映画データベース[3]allcinema ONLINE[4]に掲載された一覧である。

ビブリオグラフィ編集

国立国会図書館OPAC-NDL検索結果による一覧である[9]

編集

  1. ^ a b c d e Norio Enomoto、インターネット・ムービー・データベース (英語), 2011年7月30日閲覧。
  2. ^ a b c d e 榎本憲男 EN、日本映画データベース、2011年7月30日閲覧。
  3. ^ a b c d 榎本憲男、キネマ旬報映画データベース、2011年7月30日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 榎本憲男、allcinema ONLINE、2011年7月30日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k 脚本・監督 : 榎本憲男、『見えないほどの遠くの空を』公式ウェブサイト、2011年7月30日閲覧。
  6. ^ a b c 榎本憲男、ENBUゼミナール、2011年7月30日閲覧。
  7. ^ a b c d 榎本憲男『見えないほどの遠くの空を』、小学館小学館文庫)、2011年3月4日、カバー表2著者紹介。
  8. ^ ヤマタネクリエイターズ
  9. ^ OPAC-NDL, 国立国会図書館、2011年7月30日閲覧。

参考文献編集

関連事項編集

外部リンク編集