橋本 正数(はしもと せいすう、生没年不詳)は、江戸時代初期の和算家である。別名「伝兵衛」[1]1650年慶安3年)頃に活躍した。出身地は大阪日本で最初に天元術を習得した人物とされ、弟子沢口一之橋本吉隆(正数の息子)らがいた[1]。師弟は大明流の始祖である。生没年は不詳だが、1683年天和3年)以前には没したとされている。なお、吉隆は『算法明解』(1675年)を著し、暦学にも詳しかったという。

はしもと せいすう
橋本 正数
生誕不明
死没1683年以前
住居大阪
国籍日本の旗 日本
活動拠点大阪

出典編集

  1. ^ a b ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、デジタル版 日本人名大辞典+Plus. “橋本正数” (日本語). コトバンク. 2020年10月30日閲覧。

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