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橋本 (相模原市)

神奈川県相模原市緑区の地名
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橋本(はしもと)は、神奈川県相模原市緑区地名である。

  1. 現在の町名住居表示実施区域であり、橋本一丁目から橋本八丁目まである。郵便番号は252-0143(橋本郵便局管轄)[2]
  2. 緑区の6地区の一つである橋本地区。1に加え、相原、大山町、大字下九沢(緑区に属する部分)、西橋本、二本松、橋本台、東橋本、元橋本町を含める。西橋本五丁目に緑区役所が所在する。
橋本
橋本の超高層マンション群
橋本の超高層マンション群
橋本の位置(神奈川県内)
橋本
橋本
橋本の位置
北緯35度35分44.16秒 東経139度20分43.35秒 / 北緯35.5956000度 東経139.3453750度 / 35.5956000; 139.3453750
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Sagamihara, Kanagawa.svg 相模原市
緑区
地域 橋本地区
人口
2018年(平成30年)1月1日現在)[1]
 • 合計 19,466人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
252-0143[2]
市外局番 042 (相模原MA)[3]
ナンバープレート 相模

旧大字橋本における住居表示は1990年10月1日までに完了しているため、大字の残存部分はない。

目次

概要編集

相模原市中部(旧市域北部)にある相模原市の都市核に認定された地区である。橋本駅周辺は政令による都市再生特別地区に指定されている。神奈川県の北の入り口と位置づけられ、県や市、民間が主体となった再開発が進む。

橋本駅の北口付近には超高層マンションと商業施設が立ち並び、デッキで接続されている。駅の西、かつての国鉄車輌センター跡地にも、超高層マンションやハイテクパーク・大型ショッピングセンターが完成。駅北方は住宅街が広がる。橋本駅を核とした市街地域や住宅地域は、北部へ境川を越えて西部に拠点の無い東京都町田市まで広がっている。駅の南西部は、比較的新しい住宅地が旧市境を超えて城山地区へ広がっている。かつての大山街道である旧国道16号沿には宿場町の面影が残る。神奈川県立相原高等学校の南には工場地帯が広がる。橋本駅南口から少し離れた南東部の大工場地帯は、橋本駅付近が都市再生特別措置法に指定されたことを受けて、更なる開発が進められている。また、中心市街地活性化法で相模原市の中心市街地・都市核に指定されている[4]

周辺には大学が多いこともあり、学生の街としても賑わっている。

毎年8月には「橋本七夕まつり」が、11月には「あんどん祭」が行われ賑っている。

歴史編集

相模国高座郡に属し、元は相原村の一部であった。橋本の地名は、八王子川越方面と厚木小田原方面とを結ぶ中世以来の主要街道(八王子街道または大山街道国道16号旧道)が境川を渡る地点に架けられた両国橋に由来する、とされている。橋の南側に橋本宿が形成され、宿を中心に橋本村として江戸時代初めに相原村から分立した。江戸時代には旗本支配地となり、明治政府成立後の1868年慶応4年・明治元年)6月(旧暦)に神奈川府(間もなく神奈川県)の所属となった。

1889年(明治22年)4月1日、町村制市町村制)施行のためのいわゆる明治の大合併によって、隣接する相原村、小山村、清兵衛新田と合併して高座郡相原村の一部となり、旧橋本村の区域をもって大字橋本が編成された。合併以前の旧相原村(大字相原)は村域内の西部に位置するが、村役場や小学校などはいずれも橋本に置かれ、1908年(明治41年)に橋本駅が開設されたこともあって橋本が相原村の中心集落の地位を占め続けた。高座郡相原村は1941年昭和16年)4月29日に上溝町など高座郡北部の2町5村と合併して高座郡相模原町となり、1954年(昭和29年)11月20日に市制を施行して相模原市となった。

大字橋本の区域では1966年(昭和41年)以降、住居表示による新町名が編成され、1990年平成2年)に最後まで残った区域が「橋本台1 - 3丁目」の一部となって大字橋本は消滅した。現在の橋本1 - 2・5 - 8丁目、南橋本2・3丁目、大山町、元橋本町、西橋本1 - 5丁目、橋本台1 - 3丁目の範囲がおおよそ元の大字橋本に相当する。一方、現在の橋本3・4丁目は元は大字小山に属していた。

地区名としての橋本編集

前述の通り、橋本は1889年の合併以降は「相原村」の大字名となった。橋本駅南側の至近に位置する県立高校が神奈川県立相原高等学校と称するのは、この学校の開設当時に相原村に属していたからである(ただし、1922年の開設当初の校名は神奈川県立農蚕学校。1930年に神奈川県立相原農蚕学校と改称し、神奈川県立相原農蚕高等学校を経て1954年に現校名となる)。

しかし、相原村によって橋本に開設された小学校旭小学校と称した。相模原町となってから開設された青年学校や(新制)中学校も同様に旭青年学校(1943年開設)、旭中学校(1947年開設)と称している。また、旧相原村の区域で組織された農業協同組合旭農業協同組合(現相模原市農業協同組合[JA相模原市]旭支店)を称しており、この区域について「相原」または「橋本」に代えて「旭」という呼称が好まれることもあった。

1941年の合併後、相模原町および相模原市は、合併以前の旧町村にそれぞれ出先機関を設置したが、旧相原村については「橋本」の呼称を用い、現在の橋本出張所に続いている。市の行政上も、本庁直轄となっている小山・清兵衛新田(清新)地区を除いた旧相原村の区域を橋本地区などと呼ぶことが多い。現在では「橋本」が旧相原村の大部分の区域を指す地区名であり、「相原」はその中の小区域の呼称と認知されているようである。

現状編集

橋本は、旧相原村の行政中心としてだけでなく、周辺地域からのバス路線が橋本駅に集まったこともあって、神奈川県北部の交通の結節点として発展した。特に旧津久井郡南部の城山・津久井両地区は、バス交通を介して橋本と強く結びついている。また、相模原市旧市域北西部の大沢地区や田名地区、上溝地区、さらには隣接する東京都町田市北西部(堺・小山地区)や八王子市の一部にもその影響は及ぶ。

1990年京王相模原線が乗り入れ、東京23区、特に新宿に直結したことによって交通結節点としての重要性をさらに増した。1990年代末以降、駅北口の再開発や工場跡地などへの高層マンション建設によって商業や人口の集積が進みつつあり、相模原市旧市域北部の拠点として成長を続けている。

世帯数と人口編集

2018年(平成30年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
橋本一丁目 671世帯 1,446人
橋本二丁目 1,064世帯 1,939人
橋本三丁目 1,452世帯 2,591人
橋本四丁目 1,174世帯 2,250人
橋本五丁目 1,618世帯 3,220人
橋本六丁目 2,106世帯 4,287人
橋本七丁目 862世帯 1,743人
橋本八丁目 965世帯 1,990人
9,912世帯 19,466人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

丁目 番地 小学校 中学校
橋本一丁目 全域 相模原市立橋本小学校 相模原市立旭中学校
橋本二丁目 全域
橋本三丁目 全域 相模原市立宮上小学校
橋本四丁目 全域
橋本五丁目 全域 相模原市立旭小学校
橋本六丁目 全域
橋本七丁目 1~16番 相模原市立相原中学校
その他 相模原市立当麻田小学校
橋本八丁目 14~24番
その他 相模原市立旭小学校
  • 8丁目1番~13番、25番~31番は指定変更許可区域。

主な施設編集

橋本駅北口編集

橋本駅北口には再開発の際にペデストリアンデッキが設けられ、その下はバスターミナル・タクシー乗り場になっている。このペデストリアンデッキから直接、「イオン」橋本店(2002年10月26日ビブレ」から改称後、2011年3月1日に店舗ブランドがイオンに統一されたため「サティ」から改称)および、飲食店等の入ったビル「味の食彩館はしもと」に行くことが出来る。

 
橋本駅北口再開発ビル(イオン橋本店)

橋本駅南口編集

関連項目編集

脚注・出典編集

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  1. ^ a b 人口と世帯数”. 相模原市 (2018年1月25日). 2018年2月18日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月18日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月18日閲覧。
  4. ^ http://www.syoutengai.or.jp/pdf/14/14/3_064.pdf
  5. ^ 小・中学校の通学区域”. 相模原市. 2018年2月18日閲覧。