橘家 圓玉(たちばなや えんぎょく)は、落語家。過去に7、8人ほど確認されている。亭号はまちまち。

  • 初代 立川または狂言亭圓玉 - 初代三遊亭圓生の門下で圓里から圓玉となった。後に「成駒屋駒八」の名で木戸芸者に転業する。
  • 2代目 狂言亭圓玉 - 2代目三遊亭圓生の門下で南生から2代目立花屋圓蔵から、その後2代目狂言亭圓玉などを経て圓坊となった。生没年不詳
  • 狂言亭圓玉 - 後の三遊亭圓麗(芳村源六)。
    • この間にも2人ほどいたようだがつまびらかでない。
  • 三遊亭 圓玉 - 3代目春風亭柳朝
    • この間にも1人いた模様。詳細不明。
  • 橘家ないし三遊亭 圓玉 - 本項にて詳述。

橘家 圓玉たちばなや えんぎょく
本名 岩出 源次郎
生年月日 1865年
没年月日 1921年3月6日
出身地 日本の旗 日本
師匠 初代柳亭左龍
木村武之祐
4代目橘家圓蔵
名跡 1. 龍亭左伊龍(時期不明)
2. (亭号不明)鬼丸(時期不明)
3. 橘家〆蔵(? - 1907年)
4. 橘家圓太(1907年 - 1910年)
5. 橘家圓五郎(1910年 - 1912年)
6. 橘家圓太(1912年 - 1915年)
7. 橘家圓玉(1915年 - 1921年)
活動期間 ? - 1921年

橘家 圓玉(たちばなや えんぎょく、本名 岩出源次郎1865年 - 1921年3月6日)は、東京で活躍した落語家

初代柳亭左龍の門下で龍亭左伊龍、新派俳優木村武之祐の門下で鬼丸、明治30年代末に4代目橘家圓蔵の門下で橘家〆蔵、1907年ころに橘家圓太1910年に橘家圓五郎で真打格、1912年に再度圓太、1915年に橘家圓玉(三遊亭圓玉とする史料もある)となった。

動物の物まねや橘家圓十郎(並木清太郎)との掛け合い噺を得意とした。

紋三郎稲荷」は圓蔵に習い、2代目三遊亭円歌へ稽古を付けている。

墓所は台東区仏心寺。戒名は「遊行院笑楽信士」。

出典編集

  • 『古今東西落語家事典』(諸芸懇話会・大阪芸能懇話会共編、平凡社、1989年、ISBN 458212612X
  • 『古今東西噺家紳士録』