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橘家 小圓喬(たちばなや こえんきょう、1877年1878年前後 - 1920年大正9年)8月31日)は、落語家。本名は立岩 栄吉。父は4代目三遊亭圓生

橘家 小圓喬たちばなや こえんきょう
本名 立岩 栄吉
生年月日 不詳年
没年月日 1920年8月31日
出身地 日本の旗 日本
師匠 4代目橘家圓喬
名跡 1. 橘家喬之助
2. 三遊亭喬三
3. 三遊亭圓坊
4. 三遊亭鯉朝
5. 橘家志ん喬
6. 橘家小圓喬
家族 4代目三遊亭圓生(父)

父は人情噺を得意とした4代目圓生で若いときから嘱望され10代のころから4代目橘家圓喬の門下で喬之助を名乗った。同時代に同じく圓喬に入門した2代目三遊亭金朝の実の子で金喬(赤田 金太郎、後の3代目金朝)と競い合いあわされた。明治20年代後半に三遊亭喬三、1893年三遊亭圓坊三遊亭鯉朝、明治20年代末に橘家志ん喬、1897年に橘家小圓喬となった。1897年、小圓喬なる直前の志ん喬時代の都新聞に『昨今メキメキと上達せしは此人なり、未年齢は若けれどさすがは圓生の子息、当夜の『天災』は如きは巧いものなれど話の忙しき瑾なり』とあり、嘱望されたが父の没後、襲名の相続問題などで気を病み高座を退いた挙句に入院を繰り返し末に没したという。享年は不明のため逆算はできない。金喬(赤田 金太郎、後の3代目金朝)とほぼ同年輩だとする見方があるため、生まれは1877年、1878年前後。

墓は父と同じ台東区大正寺にある。

出典編集

  • 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社ISBN 458212612X
  • 古今東西噺家紳士録