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櫻井慶治(さくらい けいじ、1919年 - 2016年6月6日)は、日本洋画家。弟子に三沢忠がいる[1]。 勲三等、文化勲章。


略歴編集

1919年千葉県印旛郡和田村(現千葉県佐倉市高崎)に生まれる[2]

千葉県立佐倉中学校(旧制、現千葉県立佐倉高等学校)、千葉師範学校(現千葉大学教育学部)を経て1949年に東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業。東京美術学校在学中の1947年と1948年に光風会展入選。1956年から1957年文部省留学生としてフランス留学。1956年から1964年まで絵画の研究の為、ヨーロッパを中心にイタリアスイスなど各国を歴訪。1965年、再渡欧米、フランスでル・サロン銅賞・ヴィシー国際展グランプリを受賞。

1967年(昭和42年)第10回日展、1969年(昭和44年)改組第1回日展の2回で特選を受賞した[3]

日展審査員、評議員を経て2001年に日展参与に就任。内閣総理大臣より紺綬褒章を受章。さらに2005年にも天皇より紺綬褒章を受章。八千代松陰学園に30周年記念のために同校に自作品140点以上を寄贈し、校内に展示されている。勲三等、文化勲章を授与される。

2016年6月6日死去。

作品編集

  • 「ぼたん」
  • 「あやめ」
  • 「裸婦」
  • 「雀」
  • 「犬吠崎」
  • 「房総の春」
  • 「パリ風景」
  • 「パリ(屋根裏より)」
  • 「娃」
  • 「フランスの女性」
  • 「ニューヨーク早春」

脚注編集

  1. ^ "9.(下書き)八十二文化財団30周年特別展". 八十二文化財団. Retrieved 2018年7月21日.
  2. ^ "櫻井慶治(さくらい けいじ)". 美術館 collection. Retrieved 2018年7月21日.
  3. ^ "特選(洋画)受賞者一覧". 日展. Retrieved 2018年7月21日.

外部リンク編集