正光寺 (東京都北区)

東京都北区にある寺院

正光寺(しょうこうじ)は、東京都北区岩淵町にある浄土宗の寺院。

正光寺
所在地 東京都北区岩淵町32-11[1]
位置 北緯35度47分02.8秒 東経139度43分21.0秒 / 北緯35.784111度 東経139.722500度 / 35.784111; 139.722500座標: 北緯35度47分02.8秒 東経139度43分21.0秒 / 北緯35.784111度 東経139.722500度 / 35.784111; 139.722500
山号 天王山
院号 淵富院
宗旨 浄土宗
本尊 阿弥陀如来[2]
創建年 鎌倉時代[2]
開山 良忠上人[2]
開基 石渡民部少輔保親[2]
中興年 慶長7年(1602年)[2]
中興 眞譽龍湛[2]
正式名 天王山淵富院正光寺
札所等 北豊島三十三ヶ所霊場13番札所
公式サイト 天王山淵富院正光寺
法人番号 5011505000181 ウィキデータを編集
正光寺 (東京都北区)の位置(東京都区部内)
正光寺 (東京都北区)
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歴史 編集

当寺院の創建は鎌倉時代にまで遡る[1]。良忠上人を開山として、石渡民部少輔保親を開基として、創建した[2]。当時は荒川のほとりにあり、「西光寺」という名称であった[3][4]

その後衰退し荒廃したが、慶長7年(1602年)小田切将監重好と眞譽龍湛上人によって現在の地に寺を移転、小田切将監重好の法号によって正光寺となった[2][3]以来、岩淵町の中心的な寺院となり、境内には植木市なども開かれていた[要出典]

しかし、1978年に本堂が焼失。以降再建されず、しばらくは空き地のようになっていたが、2011年7月に本堂その他が再建され、現在では本来の姿を取り戻しつつある[要出典]

なお、寺伝によると本尊の阿弥陀如来は春日仏師の作で、また観音堂にある観音像は源頼朝公守本尊といわれ行基の作であると言われている[2]

主な施設 編集

  • 本堂[5]
  • 納骨堂[5]
  • 観音堂[5]
  • 水子地蔵尊[5]
  • 永代供養墓[5]
  • 赤羽岩淵浄苑[5](墓地。檀家のみならず一般利用も受け付けている)
  • 岩淵大観音[5]
境内にある観音像。高さは約10メートル[6]明治3年1870年)建立[5]。当地は近隣の荒川が氾濫して当地の人々を悩ましていた[6]。そこで当寺院に観音像を造るために、人々が金品を出し合って作って造られた[6]

アクセス 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c d e トップ”. 正光寺. 2020年11月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 総合トップ”. 正光寺. 2020年11月21日閲覧。
  3. ^ a b 新編武蔵風土記稿 岩淵宿 正光寺.
  4. ^ 芦田正次郎、工藤信一 著『北区史跡散歩 (東京史跡ガイド17)』学生社、1993年、115p
  5. ^ a b c d e f g h 境内案内”. 正光寺. 2020年11月21日閲覧。
  6. ^ a b c 北区地域振興部観光振興担当. “北区公式ホームページ 北区のさんぽみち >赤羽・志茂エリア > 正光寺”. 東京都北区役所. 2015年7月21日閲覧。

参考文献 編集

  • 「岩淵宿 正光寺」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ17豊島郡ノ9、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763977/93 
  • 芦田正次郎、工藤信一 著『北区史跡散歩 (東京史跡ガイド17)』学生社、1993年

公式サイト 編集