正法寺 (岐阜市薬師町)

岐阜県岐阜市の寺院

正法寺(しょうぼうじ)は、岐阜県岐阜市薬師町にあった、薬師如来を本尊とする臨済宗寺院である。山号は霊薬山と称した。川手城の敷地ないし隣接地にあったとされ、船田合戦を経て廃寺となった。現在、その跡は正法寺跡として岐阜市により史跡に指定されている。なお、同市黒田(正法寺)、同市大仏町(正法寺)、同市向加野にある正法寺は、ここで述べる霊薬山正法寺とは縁起の異なる別の寺院である。

正法寺

Shōbō-ji temple ruin, Gifu, 2018.jpg

所在地 岐阜県岐阜市薬師町24
位置 北緯35度23分42.4秒 東経136度45分41.8秒 / 北緯35.395111度 東経136.761611度 / 35.395111; 136.761611座標: 北緯35度23分42.4秒 東経136度45分41.8秒 / 北緯35.395111度 東経136.761611度 / 35.395111; 136.761611
山号 霊薬山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 薬師如来
創建年 文和2年(1353年)以降
開山 嫩桂正栄(大医禅師)
開基 土岐頼康
文化財 跡地:岐阜市指定史跡
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美濃国守護土岐頼康文和2年(1353年)に川手城を築城した際に無本覚心(法灯禅師、法灯派の祖)の法嗣、嫩桂正栄を招いてその隣接地に建立した。その後は開山の法嗣、信中自敬が2世として襲いでいる。土岐氏の外護のもと、七堂伽藍を備え塔頭も多数建てられた。塔頭の名としては雲門庵、石門庵、法喜庵、三世庵、常春庵、慈光院、利名院、大亀院、陽徳院、南陽院および細香軒が伝わっているが、それぞれの歴史については未詳である。信中自敬の下には惟成親王が法嗣として入るなど、美濃屈指の禅刹であり、諸山に列せられた。応仁元年(1467年)以降、京都応仁の乱により荒廃した際には、土岐氏の招きにより足利義視一条兼良が訪れた。その他にも雪舟等楊万里集九宗祇など、文人墨客も正法寺で活動をしていたことが知られる。明応4年(1495年)に船田合戦で戦場となり、焼失し廃寺となった。跡地に残った土塁も、慶長7年(1602年)の加納城築城の際に取り去られたという。

昭和47年(1972年)に岐阜市により史跡に指定される。2019年現在、跡地には薬師堂が建てられている。

参考文献編集

  • 厚見村史編集委員会『厚見村史』(1960年) p100-106 
  • 松田之利ほか『岐阜県の歴史』第二版(2012年) pp.84,85