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武州川辺駅(ぶしゅうかわべえき)は、かつて埼玉県春日部市新宿新田に存在した東武鉄道野田線廃駅)である。江戸川橋梁から大宮方面に約300メートルの地点、新宿新田踏切の手前に存在した。

武州川辺駅
ぶしゅうかわべ
Bushū-Kawabe
川間
所在地 埼玉県北葛飾郡南桜井村
所属事業者 東武鉄道
所属路線 野田線
キロ程 21.5km(大宮起点)
開業年月日 1930年昭和5年)
廃止年月日 1950年(昭和25年)7月5日
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目次

歴史編集

駅構造編集

単式ホーム1面1線を有する地上駅無人駅であった。プラットホームは線路の北側に設置され、屋根のない簡素な造りだった。構内が単線のため列車交換はできなかった。

駅名の由来編集

武蔵国の別称武州江戸川を表す川辺から。

利用状況編集

年度 乗車(人) 降車(人)
1930 4,573 4,377
1931 10,934 11,804
1932 10,050 10,255
1933 9,748 9,666
1934 11,614 11,459
1935 14,292 14,185
1936 14,196 14,314
1937 14,499 15,135
1938 15,855 16,646
1939 21,583 21,999
1940 31,387 31,690
  • 埼玉県統計書各年度版
  • 貨物は計上されていない

駅周辺編集

開業当初、駅前は雑木林、草むらであった。駅のすぐ南西側に、米島駅(貨物駅・現在は南桜井駅)前にあった服部精工舎南櫻井工場(工場は、後にリズム時計工業の工場に転用)への勤務者のための集合住宅街 (社宅)があった。米島駅前一帯の工場が陸軍造兵廠指定となった大戦末期、当駅は利用者のピークを迎えた。

1943年(昭和18年)、戦時体制の影響により不要不急駅整理の影響を受け、旧南桜井駅 (現在の南桜井駅より800mほど大宮寄りに存在した別の駅=県道42号踏切付近)との合併統合の対象となり、1945年(昭和20年)営業停止となった。その後、旧南桜井駅と合併したのち、現在の南桜井駅と同じ位置にあった米島駅と統合され、米島駅を南桜井駅と改称し現在に至る。

廃駅・終戦後から高度経済成長期にかけて、主な同駅利用者であった工場集合住宅は民家や商店へと姿を変えたが、駅前自体は1970年代中頃まで開業当初とあまり変わっていない。1970年代に駅前跡地が舗装道路となった。現在は年代相応の住宅や商店が形成されており、駅入口跡地は月極駐車場および空き地になっている。ただし、雑木林等の自然環境は失われていなく、開業当時の面影を残している。2006年(平成18年)頃までプラットホームとして使用されたコンクリートの構造が一部残っていた。

隣の駅編集

東武鉄道
野田線
南桜井駅 - 武州川辺駅(廃止) - 川間駅

関連項目編集