グルーミング

動物が体の衛生や機能維持などを目的として行う行動
毛繕いから転送)

グルーミング: grooming)または毛繕い(けづくろい)とは、動物が体の衛生や機能維持などを目的として行う行動である。一部分は後天的に習得され、以降の世代へと伝播する場合もある(湯、土、木の葉、砂塵の利用など)。毛繕い、羽繕い、ノミ取りなどが含まれる。自分自身に対して行うセルフグルーミング(personal grooming)と、他の個体に対して行う社会的グルーミング(social groomingあるいはallogrooming)がある。

ネコのグルーミング(動画、無音)
グルーミングするニクバエHelp:音声・動画の再生
やれ打つな蠅が手を摺り足をする――小林一茶『八番日記』
の毛繕い

ニワトリからゾウに至るまでの様々な動物が、体表に付着した寄生生物を取り除くため、水や砂塵を自分に浴びせる。グルーミングは摂食(食物から出た血、土、樹液、汁などの除去)や戦闘の後に行われる場合もある。前=性的もしくは性的な行為、特に自慰的な行為とグルーミングが結び付く種もある。しかし、掃除と衛生だけがグルーミングの唯一の機能ではない。

動物行動学はグルーミングの社会的役割と伝播を明らかにし、研究を行っている。これは哺乳類では非常に重要なもので、たとえばサルではシラミ取りが序列の印や紛争の解決に寄与しており[1]、またネコ科などでは個体間や親子間での体毛の舐め合いにも社会的意味がある。

特化した腺から分泌されるホルモンもしくはフェロモンを全身に広げることで個体もしくは群の匂いのサインを維持するという役割もある。木や岩に体をこすりつけることで、動物は縄張りを示すのに役立つ匂いもしくは視覚的な印を残す。イワツバメに見られるように、グルーミングは集団で行われることもある。

ある種の動物では、毛皮や羽根が紫外線の皮膚への到達を妨げている。鳥類や毛皮を持つ哺乳類においては、皮膚から毛皮や羽根に皮脂を分泌して毛繕いすることにより、口からビタミンDを摂取しているとの説もある[2]

昆虫の大部分は定期的に体、特に触角の掃除を行う。グルーミングは陸棲動物だけの行動ではなく、海洋哺乳類はザラザラの地面や水底にこすりつけることによって身体をきれいにする。

寄生生物 編集

進化の過程で、ある種の寄生生物ノミシラミダニなど)はこれに適応し、その宿主のグルーミング方法から効果的に逃れるようになった。さらには、多包条虫などの一部の寄生生物や微生物(真正細菌ウイルス、とりわけトリインフルエンザウイルス[3])は、糞便から口への感染サイクルなどの維持にグルーミングを利用すらしている。

掃除屋 編集

 
サザナミフグを掃除するホンソメワケベラ

他の自分よりも身体の大きな生物のグルーミングに特化した種も存在し、これらはダニシラミ、口内に残って腐敗しつつある食べ物などを取り除く。鳥類ではウシツツキ英語版魚類ではホンソメワケベラなど(掃除魚)の種がこの仕事に特化している。ホンソメワケベラにグルーミングされる大きな魚は意図的に口や鰓を開き、ホンソメワケベラが口の中をついばんでも捕食することはない[4]

鳥類 編集

カワウの水浴び
40倍高速度撮影 実時間2秒
イエスズメの砂浴び

グルーミングは鳥類が余裕のある時に行う活動の中で最も多くの時間を費す行動であり、日常の9%前後を費やしている[5]。脚を清め、くちばしをこすり(時には研いで鋭くし)、羽毛をなめらかにし整える。これはまた社会的な活動でもある。水以外の物で身体を洗えることを知っている種もあり、たとえばスズメ目の鳥は家屋の煙突で煙を「浴びる」。様々なステップが観察される――

  • 水浴び
  • 砂浴び、もしくはその他の何かを浴びる
  • 羽繕いをし羽を整える
  • つや出しと防水加工
  • 綿毛の削り取りや粉振り[訳語疑問点]
  • 乾燥と日光浴

鳥は自分の尾腺フランス語版英語版から出る蝋質の分泌物で羽を整える。この行動の有用性には議論があるが、このワックスは羽の柔軟性に作用し、また羽を劣化させる細菌の増加を抑制する抗菌剤として機能していると考えられる[6]。グルーミングに水しか用いないというわけではなく、250以上もの種がアリから得た蟻酸で自分の分泌物を補い[7]、また多足類のものなどの他の分泌物を用いる種もあり[8]、さらにアリの巣の土を用いる種もあり、これも同等な効果があると考えられる[9]。この行動はエルヴィン・シュトレーゼマンにより初めて「蟻浴」として記述された[10]。この行動の機能は抗菌・抗寄生虫に類するものであろうと推測されているが[11]、羽の生え代わりに関係があるという可能性もある[12]

 
アオサギの羽繕い

社会的グルーミング 編集

アヌビスヒヒの成体による子供ヒヒのグルーミング(ンゴロンゴロ保全地域
グルーミングしあう3頭のマカクインドロナヴラ英語版近郊)
グルーミングしあうポニー
ネコの社会的グルーミング
スミレコンゴウインコの社会的グルーミング

社会的グルーミングまたはソーシャル・グルーミング: social grooming or allogrooming)とは、ヒトを含む社会的動物の個体同士が群の中で互いの体や外観をきれいにしたり整えたりする活動である。これは重要な社会活動であり、近接して生活している動物たちが社会構造、家族の絆を築き補強し、人間同士が人間関係を構築する手段となっている。また、社会的グルーミングは一部の種においては、和解の方法や紛争解決の手段としても用いられる。

他の個体が体の手入れをするのを助ける個体はまた社会的な絆と信頼を形成するのにも寄与するという点で、これは衛生健康のために行われる通常のグルーミング行動の再利用なのである。

人間以外の動物 編集

社会的グルーミングの際に除去される物(昆虫、寄生虫、木の葉、泥、小枝など)は、自分だけで行うグルーミング(セルフグルーミング)と同じである。また、撫でる、掻く、マッサージするなどの形を取ることもある。

この活動の最も良い例となるのは霊長類であろう。霊長類学者はグルーミングを霊長類世界の社会的な接着剤と呼んできた。グルーミングが築く信頼と絆は群の協調に決定的に重要である。社会的グルーミングは、協力関係と順位制を確立・維持し、協調関係を構築し、紛争後の和解を行う上で重要な役割を果たし、また食料や交尾のような他の資源と交換されるリソースともなる[13][14][15][16]。退屈な時間にも社会的グルーミングは行われ、この行為が緊張とストレスを緩和することが示されている[17]。リラックスした行動が観察される時期に付随することが多く、グルーミングを受けている間に眠りに落ちてしまうことが知られている[18]

オスのカニクイザル交尾にありつくためにメスにグルーミングを行うことが研究により示されている。オスが最近メスにグルーミングを行っていた場合、行っていないオスと比べそのメスが性行為に及ぶ可能性が高かった[19]

霊長類以外でも、昆虫[20]魚類[21]鳥類[22]有蹄類[23]コウモリ[24] などもまた社会的なグルーミングを行う。霊長類の社会的グルーミングは非常に良く研究されているが、これら他の動物のグルーミングについては、あまり知られていない。

哺乳類はしばしば社会的グルーミングを行う。家畜、特にネコイヌは、信頼できる人間に愛情の印としてグルーミングをする。

人間同士のグルーミング 編集

 
メアリー・カサット画『子の髪を梳く母』(1879)

人間の社会的グルーミングの実証的研究も若干数が存在している[25][26]。これらの研究は主にアメリカ合衆国とその他の西洋文明圏に住む大人を対象にした、自己申告による調査と実験方法に依存している。人々は、家族や友人や他人といった他の種類の関係にある人に対してよりも、恋人に対してのグルーミングを多く報告している。人間関係の満足の増大、信頼、成長時の家族の愛情の経験にグルーミングは関係付けられる。グルーミングを行う人々は、グルーミングを行わずに触れ合う人々に比して、より良い将来的な親であり、グルーミングした相手に対しより愛が熱く、思いやりがあり熱心であると受け止められている。女性は、互いにグルーミングを行いあう人たちは恋愛関係にあると考える傾向にあるが、男性はそうではない。また、互いにグルーミングを行いあう人たちが恋愛関係にある場合、その人たちは恋愛し始めたばかりではなく長い付き合いをしているのだと人々は考える傾向もある。人間の相互グルーミングは、つがい形成のうえで役割を果たしているのである。

グルーミングの内分泌効果 編集

グルーミングはβ-エンドルフィンの放出を促進し、これがグルーミングに緊張緩和の効果があるように見える生理学的な理由の1つである[27]。さらに、1997年に発表された論文では、母親によるグルーミングが増加すると、それに比例して新生ラットの標識組織のグルココルチコイド受容体が増加すると結論づけられている。セロトニン甲状腺刺激ホルモンの濃度が変化することにより、受容体数が変わることも発見された。受容体数の増加は、副腎皮質ステロイドの分泌への負のフィードバックに影響し、異常な生理学的ストレス反応の望ましくない副作用を防ぐものと考えられる[28]

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ 中村美知夫「霊長類の文化」(PDF)『霊長類研究』第24号、日本霊長類学会、2009年、pp. 229-240、doi:10.2354/psj.24.229ISSN 1880-21172010年9月18日閲覧 
  2. ^ Stout, Sam D.; Agarwal, Sabrina C.; Stout, Samuel D. (2003). Bone loss and osteoporosis: an anthropological perspective. New York: Kluwer Academic/Plenum Publishers. ISBN 0-306-47767-X 
  3. ^ Leschnik, Michael; Joachim Weikel, Karin Möstl, Sandra Revilla-Fernández, Eveline Wodak, Zoltan Bagó, Elisabeth Vanek, Viviane Benetka, Michael Hess, Johann G. Thalhammer (2 2007). “Subclinical Infection with Avian Influenza A H5N1 Virus in Cats”. Emerging Infectious Diseases 13 (2): pp. 243-247. doi:10.3201/eid1302.060608. pmc: PMC2725870. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2725870/ 2010年9月18日閲覧. "Therefore, the most likely route of transmission for these cats is contagious fecal contamination of the hair and oral uptake during grooming." 
  4. ^ 山岡耕作「魚のつくるなわばりから共生を考える」(PDF)『黒潮圏科学の魅力』、BIO City、2007年4月、pp. 36-43、2010年9月18日閲覧 
  5. ^ Walther, Bruno A. (2005). “Elaborate ornaments are costly to maintain: evidence for high maintenance handicaps”. Behavioural Ecology 16 (1): 89–95. doi:10.1093/beheco/arh135. 
  6. ^ Shawkey, M., Pillai, S., Hill, G. (2003). “Chemical warfare? Effects of uropygial oil on feather-degrading bacteria” (英語). Journal of Avian Biology 34 (4): 345-349. doi:10.1111/j.0908-8857.2003.03193.x. 
  7. ^ Ehrlich, P.R.; Dobkin, D.S.; Wheye, D. (1986). “The Adaptive Significance of Anting” (英語). The Auk 103 (4): 835. http://elibrary.unm.edu/sora/Auk/v103n04/p0835-p0835.pdf. 
  8. ^ Clunie, F. (1976). “Jungle mynah “anting” with millipede” (英語). Notornis 23: 77. 
  9. ^ Kelso, L. and Nice, Margaret M. 1963 A Russian contribution to anting and feather mites. The Wilson Bulletin 75(1):23-26 PDF
  10. ^ Erwin Stresemann, Ornithologische Monatsberichte XLIII. 138 en 1935
  11. ^ Revis, H.C. et Waller, D.A. (2004). “Bactericidal and Fungicidal Activity of ant chemicals on feather parasites: an evaluation of anting behavior as a Method of Self-medication in Songbirds” (英語). The Auk 121 (4): 1262–1268. 
  12. ^ Power, E. E et D. C. Hauser (1974). “Relationship of anting and sunbathing to molting in wild birds” (英語). The Auk 91: 537-563. http://elibrary.unm.edu/sora/Auk/v091n03/p0537-p0563.pdf. 
  13. ^ Aureli, F., van Schaik, C., & van Hooff, J (1989). Functional aspects of reconciliation among captive long-tailed macaques (Macaca fascicularis). American Journal of Primatology, 19, 39-51.
  14. ^ Lawick-Goodall, J. van. (1968). The behavior of free living chimpanzees in the Gombe Stream Reserve. Animal Behavior Monographs, 1, 161-311.
  15. ^ de Waal, F. (1989). Peacemaking among primates. Cambridge, MA: Harvard University Press.
  16. ^ Smuts, B., Cheney, D., Seyfarth, R., Wrangham, R., & Struhsaker, T. (1987). Primate Societies. Chicago: University of Chicago Press.
  17. ^ Schino, G.; Scucchi, S.; Maestripieri, D.; Turillazzi, P.G. (1988), “Allogrooming as a tension-reduction mechanism: a behavioral approach”, American Journal of Primatology 16: 43–50, doi:10.1002/ajp.1350160106 
  18. ^ Smuts, Barbara (1985), Sex and Friendship in Baboons, New York: Aldine Publications, ISBN 978-0-202-02027-3, https://books.google.co.jp/books?id=Vx_l76muFWMC&printsec=frontcover&dq=smuts+%22Sex+and+Friendship+in+Baboons%22&q=&redir_esc=y&hl=ja 2010年4月28日閲覧。 
  19. ^ Gumert, Michael D. (December 2007), “Payment for sex in a macaque mating market”, Animal Behavior 74 (6): 1655–1667, doi:10.1016/j.anbehav.2007.03.009 
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  25. ^ Nelson, H. (2006), Human mutual grooming: an ethological perspective on its form and function 
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  27. ^ Keverne, E.B.; Martensz, N.D.; Tuite, B. (1989), “Beta-endorphin concentrations in cerebrospinal fluid of monkeys are influenced by grooming relationships”, Psychoneuroendocrinology 14 (1-2): 155–161, doi:10.1016/0306-4530(89)90065-6, PMID 2525263 
  28. ^ Sapolsky, Robert M. (September 1997), “The Importance of a Well-Groomed Child”, Science 277 (5332): 1620–1621, doi:10.1126/science.277.5332.1620, PMID 9312858 

関連文献 編集

  • Mooring, M. S. & Hart, B. L. (1997). Reciprocal allogrooming in wild impala lambs. Ethology, 103(8), 665-680.
  • Mooring, M. S. & Samuel, W. M. (1998). The biological basis of grooming in moose: Programmed versus stimulus-driven grooming. Animal Behaviour, 56(6), 1561-1570.
  • Poulin, R., Bansemer, C., Grutter, A. S. (2002). Geographic variation in the behaviour of the cleaner fish Labroides dimidiatus (Labridae). Ethology, 108(4), 353-366.

関連項目 編集