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水天宮(すいてんぐう)は、福岡県久留米市にある神社である。全国にある水天宮の総本宮。旧社格は県社で、現在は神社本庁別表神社

水天宮
拝殿
所在地 福岡県久留米市瀬下町265-1
位置 北緯33度19分13秒
東経130度29分46秒
座標: 北緯33度19分13秒 東経130度29分46秒
主祭神 天御中主神
安徳天皇
高倉平中宮
二位の尼
社格 県社・別表神社
創建 建久年間
例祭 5月5日 - 7日
8月5日 - 7日
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内路
水天宮そばを流れる筑後川

天御中主神安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)を祀る。

目次

由緒編集

社伝によれば、寿永4年(1185年)、高倉平中宮に仕え壇ノ浦の戦いで生き延びた按察使の局伊勢が千歳川(現 筑後川)のほとりの鷺野ヶ原に逃れて来て、建久年間(1190年 - 1199年)に安徳天皇と平家一門の霊を祀る祠を建てたのに始まる。伊勢は剃髪して名を千代と改め、里々に請われて加持祈祷を行ったことから、当初は尼御前神社と呼ばれた。そのころ、中納言平知盛の孫の平右忠が肥後国から千代を訪れ、その後嗣とした。これが現在まで続く社家・真木家の祖先である。幕末志士真木保臣は第22代宮司であり、境内社・真木神社に祀られている。

慶長年間(1311年 - 1312年)に久留米市新町に遷り、慶安3年(1650年)、久留米藩第2代藩主有馬忠頼によって現在地に社殿が整えられ遷座したのが現在総本宮である久留米水天宮である。 その後も歴代藩主により崇敬されたが、特に第9代藩主頼徳は、文政元年(1818年)に久留米藩江戸屋敷に分霊を勧請し、その後明治4年に現在の東京水天宮にご遷座された。 明治元年(1868年)には元神明宮に分霊され相殿に祀られる。

祭神編集

天御中主神、安徳天皇、高倉平中宮(建礼門院、平徳子)、二位の尼(平時子)を祀る。

祭事編集

水天宮の例大祭は5月5日であり、縁日は毎月5日である。これについて当社では例大祭が5月5日であることから毎月の5日が縁日となったとしているが、東京水天宮では逆に毎月の5日が縁日であることから例大祭が5月5日となったとしている。

境内外社編集

交通編集

周辺情報編集

関連図書編集

  • 安津素彦・梅田義彦編集兼監修者『神道辞典』神社新報社、1968年、33頁
  • 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』東京堂出版、1979年、180-181頁

関連項目編集

外部リンク編集