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水岡 俊一(みずおか しゅんいち、1956年6月13日 ‐ )は、日本政治家立憲民主党所属の参議院議員(3期)。内閣総理大臣補佐官野田内閣野田第1次改造内閣野田第2次改造内閣)、参議院内閣委員長などを務めた。

水岡 俊一
みずおか しゅんいち
Shunichi Mizuoka Minshu IMG 5900 20130714.JPG
2013年7月撮影
生年月日 (1956-06-13) 1956年6月13日(63歳)
出生地 日本の旗 兵庫県城崎郡竹野町(現:豊岡市
出身校 奈良教育大学教育学部特別理科教員養成課程
前職 兵庫県教職員組合本部書記次長
兵庫教育文化研究所副所長
所属政党民主党→)
民進党→)
立憲民主党赤松グループ
公式サイト みずおか俊一WEBサイト

選挙区兵庫県選挙区→)
比例区
当選回数 3回
在任期間 2004年7月26日 - 2016年7月25日
2019年7月29日 - 現職

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(政治主導による政策運営及び国会対策担当)
内閣 野田内閣
野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
在任期間 2011年9月2日 - 2012年10月1日
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来歴編集

生い立ち編集

兵庫県城崎郡竹野町(現:豊岡市)に生まれ、のちに豊岡市に転居する。豊岡市立豊岡小学校豊岡市立豊岡南中学校兵庫県立豊岡高等学校奈良教育大学教育学部特別理科教員養成課程卒業。

後に地方公務員となり三木市で中学校教職に就いた後、ニューデリー日本人学校の勤務を経て、兵庫県教職員組合東播地区専従役員、兵庫県教職員組合執行委員、兵庫県学校厚生会、兵庫教育文化研究所事務局長、兵庫県教職員組合本部書記次長、兵庫教育文化研究所副所長を務める[1]

政治家として編集

 
2011年9月5日野田内閣内閣総理大臣補佐官辞令交付後の記念撮影にて

2004年第20回参議院議員通常選挙民主党公認で兵庫県選挙区(定数2)から出馬し、得票数トップで初当選。

2010年第22回参議院議員通常選挙では、得票数では自由民主党末松信介を下回るも、2位で再選。

2011年野田内閣内閣総理大臣補佐官政治主導による政策運営及び国会対策担当)に任命され、野田第2次改造内閣まで務める。

2013年10月、民主党が少数に転じた参議院の内閣委員長に就任するが、政府提出法案の審議を拒んだことを理由として12月5日に解任決議[2] により大久保勉経済産業委員長と共に解任される[3]

2015年民主党代表選挙では長妻昭の推薦人に名を連ねる[4] が、長妻は1回目の投票で最下位に終わった(当選者は岡田克也[5]。同年、衆議院議員松本剛明が民主党を離党したため、衆参合わせて兵庫県選出の唯一の民主党の国会議員となった。

2016年3月、民主党と維新の党が合併し結成された民進党に参加。この際維新の党出身の井坂信彦も参加したため兵庫県の選出議員が水岡のみとなる事態は解消された。同年の第24回参議院議員通常選挙3選に出馬したが落選した[6]

2018年4月3日、翌年夏の第25回参議院議員通常選挙日教組の組織内候補として立憲民主党から比例区で出馬することが内定[7]神本美恵子参院議員の後継)。2019年7月21日、投開票の結果当選。得票数は148,309票で、党内候補者22名中2位[8]

政策・主張・人物編集

人物編集

所属団体・議員連盟編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集

議会
先代:
山東昭子
相原久美子
  参議院内閣委員長
2014年
2013年
次代:
大島九州男
山東昭子
公職
先代:
芝博一
  内閣総理大臣補佐官
(政治主導による政策運営及び国会対策担当)

2011年 - 2012年
次代:
川上義博