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水谷 邦久(みずたに くにひさ、1948年3月8日[2][3]- )は、日本の元俳優。本名同じ[1][2][3]

みずたに くにひさ
水谷 邦久
本名 水谷 邦久
生年月日 (1948-03-08) 1948年3月8日(71歳)
出生地 日本の旗 日本静岡県熱海市
身長 172 cm[1]
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ
主な作品
テレビドラマ
金メダルへのターン
レインボーマン
江戸を斬るII

静岡県[1]熱海市出身[2][3]静岡県立熱海高等学校卒業[1][2]。田村企画に所属していた[1]

目次

来歴・人物編集

高校卒業後、大学浪人中に俳優を志して文学座付属演劇研究所に入り、1968年劇団NLTに入団する[2][4]

NLTの先輩で、後年『金メダルへのターン!』『愛の戦士レインボーマン』で共演した俳優の長沢大は、初対面の印象として「いい意味で世間知らず。清々しい印象で、アドバイスに対しても一生懸命素直に聞いてくれた」と述懐している[4]。また、NLTで一緒だった伴大介は、水谷とともにNLTが千葉県で経営していた海の家で一緒に仕事をしたことがあるという[5]

東宝テレビ部に所属し[1]1970年テレビドラマ金メダルへのターン!』にレギュラー出演[2]

1972年放送の特撮テレビドラマレインボーマン』では、主人公・ヤマトタケシを演じる。オーディションには多数の応募者がいたが、澄んだ瞳が決め手となり原作者の川内康範が選んだ[3]。放送開始時の紹介記事では「テレビドラマは、緊張の連続なので疲れます。不安だらけなので落ち着きません」と述べていたが[2]、放送中盤である1973年4月の紹介記事では「ほかの作品と違ってストーリーが連続しているのでやりがいがあります」と述べている[3]

『レインボーマン』終了後もテレビドラマを中心に活動していたが、1970年代後半に芸能界を引退。その後は、静岡県熱海市にて、カメラとスイーツの専門店「プロムナードミズタニ」を経営している。

趣味は、読書[3]。特技は、水泳柔道[2][3]

出演編集

テレビドラマ編集

映画編集

  • 弾痕(1969年、東宝) - 活動家
  • 俺の選んだ女(1976年、東宝) - 高士

出典編集

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  1. ^ a b c d e f 日本タレント名鑑'76』VIPタイムズ社、1976年、148頁。
  2. ^ a b c d e f g h 福島民報』1972年10月7日付朝刊、8面。
  3. ^ a b c d e f g 河北新報』1973年4月10日付朝刊、8面。
  4. ^ a b 『レインボーマン ダイヤモンド・アイ コンドールマン大全』双葉社、2002年7月30日、91-92頁。ISBN 4-575-29442-X
  5. ^ 『スイッチオン! 人造人間キカイダー〜ジロー、旅の途中で』伴大介角川書店、2001年、128頁。ISBN 4048836943