永山(ながやま)は北海道旭川市の地域。本項ではかつて同地域に存在していた上川郡永山村(ながやまむら)・永山町(ながやまちょう)についても述べる。

概要編集

北海道旭川市の地域。1891年(明治24年)上川の開拓の中心地として屯田兵により拓かれる。1888年(明治21年)9月、上川地方の広大にして重要なる地域であり、大兵団(後の大日本帝国陸軍第7師団)を設ける計画の中心地として、明治天皇が開拓の総指揮を執った永山武四郎を取って名付けた[1]。旧永山町は、南は牛朱別川、北は石狩川を境として誕生した[2]が、その後分村や境界の変更があり、現在の新旭川地区と永山地区にあたる地域になった。北東部の地域には現在も「永山町」の地名が残っている。

  • 面積:
    • 30.12km2(永山地区;永山、永山町、秋月、流通団地)
    • 4.55km2(新旭川地区;新富、新星町、東、パルプ町)
  • 人口: 44,238人(平成25年4月末現在)
  • 世帯数: 21,223世帯(平成25年4月末現在)[3]
  • 主要産業: 第三次産業

周辺地域編集

周辺地区(旭川市)
東鷹栖地区(旧・東鷹栖町)、東旭川地区(旧・東旭川町)、新旭川地区(旧・永山町新旭川地区)、春光地区、東地区
周辺自治体
当麻町比布町

交通編集

鉄道駅編集

バス編集

道路編集

公共施設編集

学校編集

産業編集

  • 環状1号線(道道90号線)や永山表通り(国道39号線)の沿線には各種量販店等、商業施設が数多く立ち並んでいる。
  • 西部に旭川市の流通拠点があり、「流通団地」という地域名になっている。
  • 当時「きらら397」などの品種開発を行っていた上川農業試験場を有していたこともあり、農業は稲作が中心。永山2番線以東はいまだ住宅開発がされておらず、田園地帯となっている。

本社を有する企業編集

観光編集

男山酒造り資料館、永山神社永山新川あさひかわラーメン村

祭典編集

永山神社祭永山屯田まつり

永山村・永山町の沿革編集

ながやまちょう
永山町
廃止日 1961年4月1日
廃止理由 編入合併
永山町旭川市
現在の自治体 旭川市
廃止時点のデータ
  日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 上川支庁
上川郡
面積 30.19km2.
総人口 10,016
国勢調査1960年
隣接自治体 旭川市上川郡東旭川町
当麻町東鷹栖村
永山町役場
所在地 北海道上川郡永山町
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  • 1885年明治18年)、岩村通俊永山武四郎が近文山にて国見、上川に屯田兵村を設置することを確認、1888年(明治21年)に桂太郎により上川屯田設置の断が下る。
  • 1888年(明治21年)9月、明治天皇が開拓の総指揮を執った永山武四郎を取って、上川地方の広大にして重要なる地域であり、大兵団を設ける計画の中心地の村の名前を永山村と名付ける[5]
  • 1891年(明治24年)、6月から7月にかけて屯田兵が永山村へ入植、7月25日に永山・旭川・神居の三村の戸長役場を月形から分離して永山村に設置[6]。翌1892年(明治25年)には永山神社が設置され、これが上川最初の神社となる。字トオマの字名を設け、1893年(明治26年)に永山村字トオマ(現当麻町)に屯田兵が入植し始める。
  • 同年、鷹栖村、神楽村を一時、永山村戸長役場所轄とするが、永山村戸長役場を単独とするため旭川村・神楽村・神居村・鷹栖村の戸長役場を旭川村に置く。1897年(明治30年)に旭川村牛別(現東旭川)を永山村に編入し1898年(明治31年)、東旭川村とする。また、1897年(明治30年)には永山村の一部を鷹栖村の一部と合わせ愛別村(現愛別町)とする。1900年(明治33年)に当麻村を分村。1932年昭和7年)新旭川地区を旭川市へ部分合併。
  • 1954年(昭和29年)町制を施行、永山町へ変更。
  • 1961年(昭和36年)旭川市と合併。

歴史年表編集

  • 1891年明治24年) 屯田兵入植、永山・旭川・神居村戸長役場を永山村に設置、永山私立東・西小学校創立。
  • 1892年(明治25年) 永山神社1886番地に設置
  • 1893年(明治26年) 鷹栖村・神楽村を永山村戸長役場所轄する、永山村字トオマに屯田兵入植、永山競馬場設置、鷹栖村・神楽村を永山村戸長役場所轄する。
  • 1894年(明治27年) 永山戸長役場内に上川教育会を置く
  • 1897年(明治30年) 旭川村字ウシシュベツを永山村に編入
  • 1898年(明治31年) 永山神社無格社創立許可
  • 1898年(明治31年) 天塩線旭川・永山間鉄道開通 永山駅営業開始、永山村字ウシシュベツを東旭川村とする
  • 1901年(明治34年) 当麻村の戸長役場を当麻に移す
  • 1902年(明治35年) 当麻村との境界(17丁目)を16丁目に変更
  • 1904年(明治37年) 北海道庁地方農事試験場を永山村に移転
  • 1907年(明治40年) 永山村の一部で電話開通
  • 1908年(明治41年) 永山第二尋常小学校開校(現正和小学校)
  • 1910年(明治43年) 市街電話開通
  • 1918年大正7年) 市街地に電灯点灯
  • 1924年(大正13年) 秋月橋梁替工事完成
  • 1924年(大正13年) 永山村牛別(現旭川市東8条3丁目)に新旭川郵便局を開局
  • 1947年昭和22年) 新学制実施、国民学校を小学校と改称、東西両分教場を分校と改称、高等科を廃止し永山中学校創設
  • 1948年(昭和23年) 永山農業協同組合設立
  • 1948年(昭和23年) 新学制により、庁立永山農業学校を道立永山農業高等学校とする
  • 1961年(昭和36年) 旭川市と合併

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 旭川市刊永山町史
  2. ^ 旭川市刊永山町史
  3. ^ 旭川市の世帯・人口
  4. ^ 永山せせらぎ通り
  5. ^ 旭川市刊永山町史
  6. ^ 旭川市刊永山町史

関連項目編集