江差追分えさしおいわけ)は北海道民謡渡島半島日本海沿岸に位置する桧山郡江差町が発祥の地である。

江戸時代中期以降に発生したとされている。信濃追分節に起源があるとするのが定説のようである。北海道指定の無形民俗文化財。「姥神大神宮渡御祭と江差追分」として北海道遺産に選定されている。

目次

江差追分の特徴編集

〽カモメのなく音に ふと目を覚まし あれが蝦夷地の山かいな

江差追分・本唄

江差追分は上記の歌詞を伸ばしたり縮めたりしながら、2分50秒間ほどかけて歌う[1]。「こぶし」や「ゴロ」と呼ばれる装飾的な節回しが特徴となる。

発祥の経緯編集

 信濃国追分宿馬子唄が,北前船の船頭たちによって伝わったものと,越後松坂くずしが謙良節として唄われていたものが融合されたとされている。今の江差追分の原形として大成させたのは,寛永年間,南部国の出身で,謙良節の名手であった座頭の佐之市によるものであると云われている。  その後,歌い継がれる間に幾多の変遷を経て,浜小屋節や新地節など多くの流派が発生した。 1908年(明治41年)に,追分節の統一を図る動きが生まれ,追分節正調研究会が発足し,各派の師匠たちが論議を重ねた結果,正調追分節の基礎が固まった。 

江差追分全国大会編集

1963年(昭和38年)、江差追分の振興・継承を目的として、第一回江差追分全国大会が開催された[2]。その後大会は一年に一度、毎年9月に江差町で開かれ、全国の江差追分会支部の予選を勝ち抜いてきた出場者が、日本一を目指して熱唱している。

脚注編集

  1. ^ 三隅治雄 『日本の民謡と舞踊』 大阪書籍、1990年ISBN 4754810856p.70-71
  2. ^ 竹内勉『追分節 信濃から江差まで』三省堂、1980年。

関連項目編集

外部リンク編集