沈没(ちんぼつ、: shipwreckあるいはshipwreckingあるいはwrecking)は、日本語と英語で若干ニュアンスが異なり、(日本語だと)が「水没」すること。英語のほうの意味は、船が壊れること、破壊されること[1][2]。船が壊れて、もはや「」(自力で航行する能力のある物体)ではなくなること、またその結果としてたとえば水没したり岸などに打ち上げられたりすること。

概説編集

水上交通に関する用語や海上保険にかかわる法律用語となっている。だが同時に、普通の船乗りや普通の人々が使う普通の言葉でもある。

海上交通用語については(船で世界へ進出し大英帝国を築いたイギリスの)英語や英米系の法律概念の影響が大きいので英語のwreckのほうについて解説しておくと、中英語(中世英語)の「wreck」は法律用語で船が岸に打ち上げられることを意味した[3]。その「wreck」の語源はアングロ=ノルマン語の「wrec」 であり[3]、さらにその語源は古ノルド語の「reka」であり[3]、それは「損傷」というような語感の言葉であった[3]

つまり英語のwreckやshipwreckはもともと、船が壊れる、という語感の用語であり、その結果起きがちな状態も指している用語なのである。船の長い歴史で、船が壊れた時に何が起きたかについても理解しておいたほうがよく、中世までの船はすべて木造船(木製の船)でありしかも帆船であった。になると帆船のマスト帆柱)が折れ制御不能になり岩礁などと衝突して船体が破壊され浸水するということが多かったわけだが、材料の材木自体に浮力があり、(積み荷の重さと材木の種類の浮力の大きさの比率によるのだが)船体が壊れて浸水したとしても木造船は必ずしも水底には沈まず、積み荷があまり重くなければ暴風にあおられたまま海上を流され岸に打ち上げられることも多く、積み荷が重すぎる場合は海岸に流れ着く前に水底に沈むこともあった。つまりどちらもありえた。

日本語では英語のwreckに「沈没」という訳語をあててしまったので、(一般人にとっては)「水の底に沈んでいる」というイメージばかりが強調されてしまった。だから海上交通にかかわっていない人は水底に沈んだイメージばかりを持っている。だが日本人でも海上保険や海上交通にかかわる人々は、英語圏の法律上の定義なども知っているので、船が壊れて航行不能な状態であることや、岸に打ち上げている場合も含んでいる用語だと知っている、という状態になっている。

なお潜水艦などについては、もちろん水中での運用は沈没ではなく、深度の制御が不能となり自力で浮上したり、広く言えば、たとえ浮いていても自力航行できなくなった場合(法的に)「沈没」とされる。

航空機(水上に墜落不時着した後、あるいは水上機)など、また広義には固定した水上施設(石油プラットフォーム桟橋メガフロートなど)についても「沈没」という日本語は使うことはできる。英語の場合はsink系の語をつかう。

法的な定義

沈没がいかなる状態かという定義について(現在の)学説は一致していない[4]

最も厳格な説では船体全部が海中に没していなければ沈没ではないとするものもあり、イギリスでは1886年のBryant & May v. London Assurance Co.事件で後部甲板が浸水したまま目的港に到着した船舶を沈没船とみるべきか論争になった[4]。この事件では多くの積み荷が濡損を生じ、原告は沈没に基づく損害賠償を請求したが、特別陪審官は「一部の浸水である」として沈没とは認めず被告に有利な判決を下した[4]

他方、完全に船体が海中に没入していなくても沈没に当たるという説や、必ずしも海底にまで沈降していなくても沈没に当たるという説もある[4]

現代の海上保険法上では船体の没入が全部か一部かは沈没の決定要素ではなく、浸水の結果、船舶が航行性を奪われたときは(木材等の浮力のある積荷の影響や浅瀬での事故など)船体の一部が海上に現れていても沈没と呼ぶべきとされている[4]

沈没に関する立法編集

沈没の立証編集

船舶が海難で沈没した場合、船員とともに海底に沈んでしまった場合や乗組員が退去して漂流船になったものが沈没した場合には沈没の事実を立証することが難しい[4]。そのため各国の立法は、一定期間、船舶が消息を絶ったときは何らかの海難によって全損したものとみなしている[4]

1744年のGreen v. Brown 事件の判決では、ノースカロライナからロンドンまでの航海に保険が付けられた船舶が、4年間消息を絶っていることについて沈没によって滅失したものと断定するのが当然とした[4]

1816年のHoustman v. Thornton 事件の判決では、サバンナからフランダースまで平均7週間とされた航海に出た保険が付けられた船舶が、9カ月消息を絶っていることについて沈没で行方不明になっていると判決が下された[4]

日本の法令編集

  • 日本船舶が沈没したときは船舶所有者はその事実を知った日から2週間以内に抹消登録し、遅滞なく船舶国籍証書を返還しなければならない(船舶法14条1項)。
  • 船長は船舶が沈没したときは国土交通大臣にその旨を報告しなければならない(船員法19条)。
  • 船舶が沈没した場合には船員の雇入契約は終了する(船員法39条1項)。
  • 船員保険において、船舶が沈没した際、現にその船舶に乗っていた被保険者若しくは被保険者であった者の生死が3か月間分からない場合又はこれらの者の死亡の事実が3か月以内に明らかとなったが具体的な死亡時期が分からない場合には、葬祭料、障害年金差額一時金、遺族年金、遺族一時金及び遺族年金差額一時金の支給に関する規定の適用については、その船舶が沈没した日にその者は死亡したものと推定される(船員保険法42条)。


要因編集

船舶の沈没の要因としてはさまざまあり、たとえば次のようなものがある。

  • 海難事故(船舶どうしの衝突座礁転覆 等々)。なお転覆は「追い波」という後方からの大きな波でも、また三角波でも、過積載でも起きる。
  • 戦争による敵からの攻撃(魚雷攻撃、砲撃対艦ミサイルの着弾、敵による秘密裏の爆薬の設置・破壊、敵の攻撃後の自軍弾薬の誘爆 等々)
  • 弾薬の取り扱いのミスによる自爆(訓練不足などによる)
  • 火災による船体の破損


ギャラリー編集

比喩的表現編集

  • 酔ったり眠ったりして正体(まともな意識)を失うこと[5]
    • 英語で「wrecked」と言うと、酒にひどく酔ったりドラッグ(違法薬物)で普通でない精神状態になっていること[6]
  • 遊びほうけて遊廓などに泊まりこむこと(出典:広辞苑[5])。遊びに夢中になって仕事や用事を忘れてしまうこと(出典:大辞泉)
  • 長期間の海外旅をするつもりで旅に出たバックパッカーなどが、旅の途中で訪れたある場所のことを非常に気に入ってしまうなどして、もともと自分が旅立った本来の「目的」はであったことを忘れて(あるいは、途中で気が変わって、その目的追求を後回ししてしまったり放棄するなどして)、かなりの長期の「滞在」や、その場所での「永住」を始めてしまうことも比喩で「沈没」と呼ぶ。(ちなみに「船が航行できなくなること、船が進めなくなること」に旅人の状態をたとえているとしても、「仕事や用事(目的)を忘れてしまうこと」にたとえているとしても、どちらでもこの比喩は成立している。)1996年に「旅ときどき沈没」(著:蔵前仁一 ISBN 978-4938463380)が出版されていることから、1990年代から使われてきた。日本人旅行者の場合、主に東南アジアの都市で、宿泊施設や食事などの物価が安く、比較的治安が良く、ビザの取得が容易で、風光明媚な場所、日本人宿が存在する場所に「沈没」する人が多い。東南アジアに限らず、世界各地で旅の途中で現地の異性から好かれて交流するうちに相思相愛状態になっても、やはりたいていは旅をつづけることができなくなり「沈没」が起きる。結婚することになって、その国の国民の配偶者としてその国の永住権も与えられることになり、すっかり定住状態になった、家族・親族を得て子供まで誕生した、その国で仕事をするようになった、という人もいる。

脚注編集

  1. ^ Merriam Webster, definition of shipwreck.
  2. ^ Lexico, definition of shipwreck.
  3. ^ a b c d Lexico, definitiono of wreck.
  4. ^ a b c d e f g h i 橋本犀之助. “海上危険論(彦根高商論叢7)”. 滋賀大学. pp. 155-158. 2021年7月20日閲覧。
  5. ^ a b 『広辞苑』第六版、電子辞書版
  6. ^ [1]

参考文献編集

関連項目編集